十字花の祈り 中編

    ‡


 南西部でのパフィーリアの神鎧アンヘル暴走は、街全体を壊滅させる結果となりました。


 騒動を聞きつけたヒルドアリアが神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』に乗って駆けつけ、煉獄の焔によって街を埋め尽くした虫達を灼き払います。

 その頃にはパフィも暴走が落ち着いたのか、神鎧アンヘル『クインベルゼ』を回帰させていきました。



 少女は中央部都市の保養施設で療養することになり、わたくし達もその場に同行します。


「パフィ、調子はいかがですか?どこか具合は悪くありませんか?」


 保養施設の白く綺麗な一室でベッドに座るパフィへ話しかけました。


「……クラン。パフ、こんなことするつもりはなかった。でも、頭とお腹の虫が騒いでどうしようもなくて……」


 落ち込んで項垂うなだれる少女を優しく抱きしめます。


「……そうですね、パフィ。今は何も考えず、ゆっくり休んでください。元気になったら、またお話ししましょう?」


 そうして、少女を寝かしつけて部屋を後にします。


 部屋の外にはヒツギ様とヒルドアリア、ヴァリスネリアの三人が話しあっていました。


「ヒルドアリア、すまない。助けてくれてありがとうな。俺にも対抗する力があればよかったんだが。」


「いえいえ、気にしないでください。ヒツギさん達もご無事で何よりです。あたしは虫達を灼いただけですので!」


「……私もまさかこんな事態になるとは思わなかったが、しかし得るものもあった。神鎧アンヘルの神力は兵器としての戦略性を備えているということをな。」


 片眼鏡モノクルをかけたヴァリスネリアが不敵な笑みを浮かべます。


「これなら我が宗教国家都市も、今後は周辺国に大きな顔をさせずに済むというものだ。特に隣国の王政国家都市にはな。」


「……わたくしは賛成をできません。神鎧アンヘルを戦争の道具として利用するなんて。それより、南西部都市の復興のことなのですが……」


 わたくしは宗教国家都市で指折りの貴族でもある彼女に相談を持ちかけました。


「生憎だが、私は南西部の復興に関与はしない。今は隣国との小競り合いが激しいのでな。」


「そんな……それではパフィはどうなるのですか?」


 悪い予感をしつつ、問いかけると。


「パフィーリアの身は私が預かろう。彼女の神鎧アンヘルは隣国に大きな被害を与えられるだろう。奴らに神罰を味わせてやるのだ!」


「いけません!あの子に必要なのは戦いではなく、平穏と愛情なのです。パフィはわたくしの街で引き取ります!」


 わたくしは我慢が出来ずに声を上げてしまいました。


「……まあまあ、お二人とも。落ち着いてください。パフィーリアのことは本人が快復してから話し合いましょう。南西部の復興も、あたしの北西部が手伝いますので!」


 そうして、その場は解散となりました。




 南東部の街へと帰ってくると、わたくしとヒツギ様は聖堂の見える丘の上で街を見渡していました。


 足下には淡いピンクの花弁をした、白い十字のめしべの可憐な花が咲き乱れています。


「……わたくしは間違っているのでしょうか、あなた様。」


 神鎧アンヘルの神力を使いこなしていれば。

 パフィの暴走を止めて、南西部を救えたのでしょうか。

 神鎧アンヘルを兵器として利用すれば。

 この世界から戦いをなくして、平和をもたらせるのでしょうか。


 わたくしは自分の正しさが分からなくなっていました。



 屈んで小さな十字の花々に優しく触れていたヒツギ様が口を開きます。


「この花はまるで、君のように可憐で素敵だな。優しい風に吹かれて、小さくも健気に咲き誇っている。」


 彼はゆっくり立ち上がり、目を合わせてくれます。


「クラン。君の優しさは尊く、決して失くしてはいけないものだ。日の光のように暖かいその心を忘れず、そのままの君でいてほしい。」


「あなた様……」


 優しい言葉に頬を緩ませると、そっと抱き寄せられました。

 そして、静かに唇を重ねます。



 これから先、多くの苦難が待っていることでしょう。

 けれど、彼がそばにいて支えてくれると、そう安心してしまいました。


 全てを失ってしまう時が、もう目の前に来ていることも知らずに……



 その頃にはすでに、アルスメリアがヴァリスネリアと画作して『魂の解放の儀』を行なおうとしていたのですから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る