十字花の祈り 前編

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 わたくしはヒツギ様と一緒に南西部都市、パフィーリアの聖堂に訪れていました。


 聖堂の周りに造られた広大な庭園を彼と見て回ります。

 彩り鮮やかに整えられた花々を楽しみながら、話しをします。


「この庭園は聖なる教での楽園を模していて、パフィは神の子として崇められているようです。あなた様。」


「神の子……か。天真爛漫で純粋なあの子は今、幸せを感じているのだろうか?」


「あなた様?」


 複雑な表情をして呟くあの人を見上げます。


「ああ、いや。何でもない――」


「……おにいちゃぁあん!」


 そこに、わたくし達の向かう先からパフィーリアが小走りでやってきました。


「いらっしゃい、おにいちゃん、クラン!待ってたんだよ、ほら!こっちこっち!」


「うふふ、パフィ。急かさなくても大丈夫ですよ。」


 元気よく手を引かれて、少女の母屋である屋敷へ向かいます。



 そこではお茶会の準備がされていて、少女の補佐官も一緒に控えていました。

 ここで、今回の南西部訪問の聖務や日程の話しをするのです。


 わたくし達は丸テーブルの席に座り、パフィ達と向かい合います。

 お茶菓子を勧められて口にすると、とても甘く香ばしさが広がりました。


「これはとても美味しいですね、あなた様。」


 ヒツギ様も一口食べて、目を丸くしています。

 その様子を見ていたパフィーリアは自分もと手を伸ばそうとすると――


「五位巫女神官様、いけません。今は『神の子の禊』の最中です。この食べ物に手をつけてはなりません。」


 少女はびくりと躰を震わせ、手を下げます。

 そして、少女の補佐官はお茶菓子を手に取り口に含みました。

 それを物欲しそうに見上げるパフィーリア。

 そのお腹から空腹の音が聴こえてきます。


 わたくしは気になってたずねてみます。


「『神の子の禊』とは何なのですか?」


 少女の補佐官は淡々とした口調で答えます。


「月に一度、十五日間の断食です。」


 わたくしは耳を疑いました。

 ここ南西部での巫女神官のしきたりに口出しは出来ません。

 けれど、そんな儀式の中でこうして目の前でお茶会など楽しめるはずもありません。


 案の定、ヒツギ様も厳しい面持ちでお茶菓子には一切手を出さなくなりました。

 少女の補佐官だけが何食わぬ顔で食を進めるなか、会談は終えます。


 その後、聖堂を立ち去る際のパフィーリアの表情は暗く、申し訳なさそうな助けを求めるような目を向けられました。


 わたくし達は居た堪れない思いで足早に街の宿へ。

 何か、少女に手助けできることはないか考えながら、その日は過ぎます。



 しかし、事態はさらに悪化の一途をたどりました。


 それは、南西部に滞在して数日。

パフィとは面会すらもさせてもらえなくなり、わたくし達が近くの教会で聖なる教の教えを説いていた時です。

 突如として強い突風が吹き荒れ、街中に大きな竜巻が出現しました。


 異変に気づいて飛び出したヒツギ様の後を追うと、彼に片手で制されました。


「クラン、教会の中に避難しているんだ!これは……あの時と同じで、危険だ!」


 見れば、パフィーリアの聖堂からは巨大な白い異形の神鎧アンヘルの姿。

 そして、大量の何かがこちらへ飛来してきます。


 彼は銃剣のついた自動小銃を手に立ち向かいました。

 街の中を埋め尽くす巨大な虫達は次々と街の人々を襲います。

 その光景はまるで聖書の黙示録、第五の天使による終末を告げるラッパで現れるイナゴの群れ、破壊の悪魔アバドンそのものでした。


 わたくしはその身の危険に、無意識のうちに神鎧アンヘルを顕現していました。

 白い巨像の神鎧アンヘル『バルフート』は花弁のような四枚の肩部装甲から近接防御火器の自動射撃で虫達を薙ぎ払います。

 使い慣れない神力に体力を奪われ、その場にへたり込みながら。

 やがて、神鎧アンヘルの顕現を維持出来なくなり、『バルフート』は召喚回帰されます。


「……クランっ!」


 そんなわたくしの元へヒツギ様は駆け寄ってくれました。


「無理をするな、クラン。この状況下ではもう俺達だけではどうにもならない。安全な場所に避難しよう。」


 彼はわたくしを抱え上げると近くの建物へと入り、物陰に隠れてはきつく抱きしめられました。


「わたくしにはこの街を……パフィーリアを救うことはできないのでしょうか……」


 息を切らして無力感に打ちひしがれながら、あの人へ問いました。


「クラン、これは君のせいではない。全てはこの南西部都市が背負う業であり、因果だった。ら、一緒にパフィーリアを迎えに行こう。」


 そう語るヒツギ様の目はどこか冷ややかで……この街の人々や教会に対して忌避の念を感じました。


 わたくしは彼に抱かれながら、その心をほぐすように頭を撫でて祈り続けました――

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