脱出
‡
もう一人のわたくしを腕に抱えたヒツギ様が聖堂の西正面から外へと出ていくのを肩越しに確認します。
そして、前へ向き直ると黒い
パイプオルガン型の砲塔を破壊された白い大蜘蛛は、その巨体を床に崩しています。
「エノテリア……貴様……!なんということを……その姿でこの私に牙を
ヴァリスネリアは口の端から血を垂らし、前傾気味に
信頼する弟子の姿をしたわたくしに深手を負わされたのがショックなのでしょう。
「動かない方がよろしいですよ、ヴァリスネリア。わたくしは
聖堂の東奥、サンクチュアリの聖書台前には両腕から血を流したアルスメリアがこちらを
わたくしは赤い髪の少女が聖堂の中では戦う事が出来ないのを知っていました。
彼女の
宗教国家都市の中央部大聖堂を除いた、七つの聖堂の中で一番に広大な聖堂の中でも、その神力を振るうには狭すぎました。
しかし、同時にわたくしも彼女達の命を奪うことが出来ずにいます。
目的はあくまで『魂の解放の儀』の発動を未然に防ぐこと。
クーデターや宗教国家都市の転覆を
わたくしはあの人達がこの街から逃げられるように、少しでも時間を稼ぐために言葉を口にします。
「お
ヒツギ様に持たせた、わたくしの
クランフェリアはアルスメリアに力を奪われて気を失い、
「わたくしは
そうして、わたくしは黒い
♤
俺はひたすらに蒸気自動車を走らせていた。
助手席には気を失ったままのクランが横たえる。
まずは南東部の俺達の母屋に帰らなくてはならない。
彼女の管轄下の南東部なら、急速に事態が悪化することはないだろうとの判断だった。
街の兵士達とも面識があり、一定の信頼関係を築いているのも理由の一つだ。
運転をしながら時折、クランを見やってはため息を吐く。
脳裏には様々な記憶や思考が浮かんでは消えている。
アルスメリアの聖堂で、もう一人の俺である『ザルクシュトラール』に神力を借りた時。
『死の体験』をする前の自分の記憶が流れ込んだ。
――俺は全ての記憶を取り戻していたのだ。
とはいえ、すぐに一から十まで鮮明に思い出せるわけではない。
それでも自分が一体何者で、今までどんなことをしてきたのか。
不意に少し前のパフィーリアの言葉を思い出す。
「だって、おにいちゃんは――パフ達やクランとも出会う前から、貪欲にたくさんの人を殺してきたんだから。」
その言葉の意味を理解してしまった。
心の中で浮き沈みを繰り返す、不毛な考えを必死で振り払う。
「ダメだ。今はまだ……クランが目覚めるまでは、考えてはいけない……!」
クランに話しをしなければ。
彼女は……最愛の少女は何と言うだろうか……
恐れとも、祈りともつかない念に囚われながら、闇に沈む空の下を走り続けた――
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