第十話 亡柩に捧ぐ十字花

叛逆

    ♠︎


 世界はいつだって悪意に満ちている。


    ‡


 わたくしは神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』とともにヒツギ様の前へと姿を現します。


 目の前には三人の巫女神官と三体の神鎧アンヘルが向かい合い、いずれも血算を起動していました。


「もう一人のクランフェリア……!?いや、その黒い神鎧アンヘル――エノテリアなのか!」


 目を見開いて驚くヴァリスネリアを無視して、わたくしはアルスメリアと視線を交差させます。


「……やはり現れたか。だが、其方そなたに儀式の邪魔をされるわけにはいかぬのだ。」


「アルスメリア。わたくしはあなたを決して赦しません。この儀式をさまたげることで、への手向たむけとさせていただきます。」


 わたくしが言葉を言い終えると同時に、臨戦態勢を取っていた『ザルクシュトラール』が飛び出しました。

 その手には、魂を断ち切ることの出来る五メートルほどの黒い大剣。


 アルスメリアの神鎧アンヘル『ウルスラ』へ目にも留まらぬ高速の斬撃を繰り出して――


 刀身のぶつかり合う甲高い金属音が、広大な聖堂内に響き渡りました。



 ……刹那で『ウルスラ』を斬り裂くはずの一撃をはばんだもの。


 花のような白い巨像の神鎧アンヘル『バルフート』の右手のアンカーブレードでした。

 わたくしはその宿主を見据えます。


 クランフェリア――この世界のもう一人のわたくしを。



「クラン……!?」


 わたくしの後ろでヒツギ様が動き出そうとして、左手をかざして止めます。


「どういうつもりですか、。」


 彼女は胸に手を当てながら、その紅い瞳をこちらに向けました。


「わたくしはこの儀式を――『魂の解放の儀』を成し遂げなければなりません。わたくしの……願いの成就のために……!」


 その口調はとても切実なものでした。


 もう一人のわたくしの願い。

 それは同一の存在であるわたくしには手に取るように分かりました。


 けれど、それを口にすることは決して出来ません。

 その願いは他ならぬ、わたくし自身の心にも内包しているものだからです。


「わたくしは……っ!?」


 クランフェリアは何かを口にしようとして、その躰を強張こわばらせました。


 神鎧アンヘル『バルフート』の周囲四方にまばゆい光の十字架が輪になり、その背後では神鎧アンヘル『ウルスラ』が両手をかざしています。


縷言るげんそこまでにするがよい。妾は気が長くはないのでな。」

 ※ こまごまと言うこと

「あ……あなたさま……っ……」


 もう一人のわたくしはその場に膝をついて苦しみだしました。

 アルスメリアの白い天使型の神鎧アンヘルは、他の神鎧アンヘルの力を奪い取ることが出来るのです。


「クランっ!!」


 ヒツギ様は即座に身の丈ほどの大剣――布都御魂ふつのみたまを顕現させて、わたくしの前におどり出ました。


「ヒツギとやら。こうして妾と会話をするのは初めてだな。しかし、わきまえよ。其方そなたがクランフェリアにこだわる理由は何だ。如何いかによっては、その身を追われることにもなろうぞ。」


 わたくしはヒツギ様の背中に――のあの人の背中を重ねました。


    ♤


 俺は赤い髪の少女、筆頭巫女神官アルスメリアと対峙する。


 エノテリアを背に、どこか既視感を覚えながら。


 黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』が隣に並び立つ。


 が頭の中に語りかけてくる。


「ヒツギ、もう一人の俺。覚悟はあるか――アルスメリアに剣を向けるということは、この国を敵に回すことと同義になる。」


 その問いに、心の中で答えを返す。


「もちろん、分かっている――今、俺がしようとしているのは自分のエゴに過ぎず……クランにとって最悪の結果を招くことも。だが、これ以上黙って見ていることもまた、俺には出来ないんだ。」


 淡々としつつも黒い神鎧アンヘルはどこか楽しげに告げる。


「……俺の神力をお前に貸そう。あらゆる能力を遮断するこの力を。『バルトアンデルス』の無音の影響を受けず、『バルフート』を縛る『ウルスラ』の十字架を断ち切るものだ。」


 黒い神鎧アンヘルが俺の肩に手を置く。

 すると、大剣――布都御魂ふつのみたまが黒く染まり、全身に力がみなぎった。


 そして、間を置いてアルスメリアに宣言をする。


「俺はクランフェリアを愛している。たとえ世界の全てを敵に回したとしても、必ずクランを守護まもって添い遂げてみせる!!」


 常人を遥かに超えた速度で駆け出して、『バルフート』に向けて下から上段に大きく振り切る。


 その斬撃は『バルフート』には傷ひとつつけず、『ウルスラ』の十字架のみを無力化させた。


「うぐっ……!?」


 アルスメリアは力を破られた反動なのか、両手から血が跳ねる裂傷を負っていた。


 クランは気を失ってその場に倒れ、『バルフート』は召喚回帰される。

 彼女に駆け寄って抱きかかえると、そのまま聖堂の入り口へと向かう。


「逃がしはしない!!」


 ヴァリスネリアの声が聖堂に響き、『バルトアンデルス』の砲塔に狙われるが――


 凄まじい速度で上部からちかました『ザルクシュトラール』によって、大蜘蛛のパイプオルガン型連装砲が粉々に破壊された。


「あなた様。クランフェリアを連れて逃げてください。ここは――わたくしと『ザルク』が引き受けますので。」

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