魂の解放の儀

    ♤


「『魂の解放の儀』……ですか?」


 どうやら、クランにも分からない儀式らしい。

 アルスメリアは淡々とした口調で言葉を紡ぐ。


しかり。妾達の神鎧アンヘルに秘められし本来の恩寵を発現させ、巫女神官の内なる願いを主の御前へと届ける秘蹟ひせきである。」


「巫女神官の――願いを叶える儀式……」


 静かに呟くクランに目を向ける。

 彼女は真剣な表情で赤い髪の少女の話を聞いていた。


 だが俺には何故か、嫌な予感がしていた。

 ――脳裏に『己の死の体験』の中のクランが浮かんだのだ。

 神鎧アンヘルの暴走とともに胸の痛みに苦しむ彼女の姿が……


「『魂の解放の儀』には膨大な神鎧アンヘルの神力を制御する、巫女神官の力量と信仰心が問われる。しかし、クランフェリア。其方そなたはこの半年の間で急激に神鎧アンヘルの力を増幅させた上で、暴走させることなく己をりっしている。」


「儀式は複数の段階を踏んで行なわなくてはならない。現状でを開くに最も適しているのがクランフェリア、私の最高の弟子である君なのだよ。」


「わたくしが……『魂の解放の儀』を……」


 クランはどこか高揚とした表情で宙を見ていた。

 少女の視線の先に、何が見えているのか……俺には察することはできない。


 巫女神官の上位を冠する二人はクランに注目をしている。

 しかし、彼女達の話をはたから聞いていると、どうにも疑念しか生まれなかった。



 俺の大切な守るべき少女、クランフェリアを――儀式の人柱にするつもりではないのか……!


「クラン、落ち着くんだ。その儀式は……本当に君がやらなければならないことなのか?君が今までつちかってきた功徳や善行は決して無駄にはなっていないはずだ。」


 俺の言葉に、ヴァリスネリアが口をはさむ。


「ヒツギ君、黙りたまえ。一介の補佐官風情の君が、巫女神官である我々の神聖なる儀式に口出しをすることは赦されるものではない。」


 長身痩躯そうくの彼女の鋭い眼光と視線を交える。

 一歩を踏み出そうとして――


「動かないでもらおう。これ以上の狼藉ろうぜきを働くならば――君の補佐官の任を解き、即刻処分を科さなくてはならなくなるぞ。」


「…………!?」


 その言葉に、身体が金縛りにでもあったかのように動けなくなる。


「……あなた様……」


 クランは不安げな表情で俺を見上げた。

 俺は悔やんだ。

 ここに来て、まさか俺自身がクランの枷になるとは思わなかったからだ。


「あなた様、心配をなさらないでください。わたくしはどんなことでもやり遂げて……必ずあなた様の隣へと戻りますから。」


 最愛の少女は儚げに微笑んだ。

 それは……どこか切ない、泣き出しそうな表情のように思えた。



「――顕現せよ!神鎧アンヘル!!」


 そこで、筆頭巫女神官アルスメリアが突如として神鎧アンヘルを呼び出した。

 赤い髪の少女の背に光の柱が立ち昇り、あらわれるのは十二枚の真紅の翼を持つ天使型の巨像。


――神鎧アンヘル『ウルスラ』。


 二十数メートルを超える強烈な存在感と神々しさをまとい、一片の慈悲すらも感じさせない威光を放ちながら俺達を見下ろしていた。


「――いでよ!我が神鎧アンヘル『バルトアンデルス』!!」


 強い耳鳴りとともに、ヴァリスネリアの背後にパイプオルガン型の砲塔を背負った十数メートルの白い大蜘蛛の神鎧アンヘルが立ちあらわれた。


「クランフェリア、恐れることはない。巫女神官を率いる我々が君を支援するのだ。ともに、儀式を成功へと導こうではないか!」


 大仰な素振りで高らかに声を上げるヴァリスネリア。

 クランは顔を引き締めて前へと歩み出ては、両手を胸の前へと差し出した。


「――主の御心のままに……!」


 少女の背中に後光が差して、見慣れた力強い十メートルほどの白い巨像、四枚の花弁のような肩部装甲と鎧装に包まれた神鎧アンヘル『バルフート』が顕現する。


 広大な聖堂の中で、三体の白い神鎧アンヘルが互いに向き合う。

 その荘厳な光景を、俺は後方で黙ってみていることしか出来ずにいた。


 そして、三人は口をそろえて力ある言葉を発する。


「「……血算、起動!!」」


 ――その時だった。

 俺の足元の影の中から、亜麻色の髪をした小柄な少女……エノテリアが臨戦態勢の黒い神鎧アンヘルとともに姿を現した――!

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