鼎談(ていだん)

    ♤


 宗教国家北部都市に到着した俺達は、街並みを観察しながら高台にある聖堂へと向かっていた。


 山間地形的な気候のせいか、よく突風が吹くこともあり少し肌寒い。

 蒸気機関を発展、普及をさせた北部都市はまさに機械仕掛けの街といった感じだ。

 高台をのぼりながら見下ろすと、街の活気とは裏腹にどこか灰色のイメージがあった。


「アルスメリアの聖堂は中央部都市の大聖堂に次いで、七人の巫女神官の聖堂の中で最も大きな建物なんです。」


 聖堂の敷地内で蒸気自動車から降りて、クランと並び歩く。

 何気なく彼女の手を取って優しく握る。


「高台下の街のどこからでも見えたくらいだからな。内装もきっとそれ以上に豪華なんじゃないか?」


 クランは微笑んで俺の手を握り返して、口を開く。


「その通りです。特に聖堂の天井画は壮観で、見る者を圧倒します。あなた様もきっと驚かれると思いますよ。」


 二人の足並みを揃えて、聖堂の西正面の扉を開き中へ進んだ。

 大きな外観の通りに広大な内部は、差し込む光と相まってより輝いて見える。

 外よりも明るく眩しいかもしれないほどだ。


 そして何より、高い天井に描かれた絵は繊細かつ豪奢なもので、四十メートル以上もの大きさだった。

 思わず手をかざして眺めてしまった。


「うふふ。あなた様の普段は見れないお姿、とても素敵です。さあ、参りましょうか。」


 俺は苦笑しつつもクランに促されて奥へと足を踏み出していった。


    †


 わたくし達は聖堂の東奥、サンクチュアリの聖餐せいさん台の前で立ち止まります。


 聖餐せいさん台には灰色の石膏にされたブーケが飾られており、その傍らにアルスメリアがいたからです。


「お久しぶりですね、アルスメリア。神鎧お披露目以来でしょうか。」


 ヒツギ様と一緒に参列したお披露目から、もう五ヶ月が経っていると改めて考えます。


「クランフェリア。北東部での異教徒紛争、大義であった。あれから、変わりはないか。」


「はい。この通り何も問題はありません。全てはわたくし達の聖なる教、主と神鎧アンヘルと聖霊の導きの下に。」


 そう口にしてから、胸元に手を当てて頭を下げました。

 わたくしより少し背の低いアルスメリアは満足そうに頷き、彼女から言葉を贈られます。


「我は天の創造主たる全能の父なる神を信ず。我はその子なる神たる神鎧アンヘルを信ず。我は聖霊を信ず。聖なる教、聖徒の交わり、罪の赦し、躰のよみがえり、永遠とこしえ生命いのちを信ず――我は全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて生ける者と死にたる者とをさばきたまわん。」


 それは巫女神官の使徒信条クレドの一節でした。


「……北東部都市の異教徒紛争はクランフェリア達の助力あっての勝利だった。今回の戦い、思った以上に異教徒共の動きが早かったものだ。」


 後方からヴァリスネリアが話しながら近づき、わたくし達に並び立ちました。


「わたくしは前線を維持することが精一杯で……戦況をくつがえしたのはヴァリスネリアですよ。」


 わたくしの彼、ヒツギ様より背の高い彼女は薄く笑いながら続けます。


「それを完璧にこなせたのは間違いなく君の神鎧アンヘルの力だ。他の者ではここまで短期に終結に導けないものだよ。」


 ――神鎧アンヘルの力。


 確かに、神鎧アンヘル『バルフート』は大規模な戦闘向きではありました。

 とはいえ、他の巫女神官にも十分に戦える力は持っています。

 休養中のパフィの神鎧アンヘル『クインベルゼ』は眷属の虫による、敵を面で制圧する力があります。

 最も遠方にいるヒルドアリアは神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』の高機動による電撃的な戦いができるでしょう。


 今回は戦略上、防衛をしながら前線を押し上げる必要があり、それが『バルフート』の力に合致したというだけの話です。


「そういえば、紛争で残った異教徒達は捕虜として捕らえたのですか?」


 最終的に北東部の軍勢が敵陣営に攻めたというのは聞いていました。


「ああ、そうだ。奴らは最後まで抵抗をやめなかったが、一部の異教徒は捕虜として生かした。隣国――王政国家都市の状況も知らねばならないからな。」


 そこで、ヴァリスネリアの笑みも深くなります。


「それに、その中には少なからず私と因縁のある者達もいた。まるで喉のつかえが取れた気分だよ。」


「その者達も異端審問をするのですか?」


 彼女は腕を組んで考える仕草をしました。


「最終的にはそうなる。尋問にしろ、異端審問にしろ、これはラクリマリアの役目なのだがな。」


 そこで、アルスメリアが口を開きました。


「争いの火種は消える事なく、俗世の罪や業は深まるばかり……世界のが広がっていくのが見える。」


 わたくしとヒツギ様、ヴァリスネリアが壇上にいる赤い髪の少女を見上げます。


「妾達は世界を正さなくてはならない――その為にも神鎧アンヘルの『魂の解放の儀』を、今こそ行なわなければならないのだ。」

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