信頼

    †


 わたくしとヒツギ様は二人、宗教国家南西部を離れて蒸気自動車で北部都市へと向かっていました。

 この間の北東部での異教徒との紛争の報告をするためです。


 パフィーリアの聖堂からだと六時間ほどでしょうか。

 彼に飲み物を手渡しながら話しをします。


「わたくし、北部都市には何度も訪れたことがあるんです。工業が中心の街なのですが、わたくしの南東部の街で農業や牧畜に活用できる、施設や機械などの視察をした事があります。」


「それは意外だな。ということは、クランはアルスメリアとそれなりに知った仲なのか?」


 ヒツギ様は運転をしながら、時折こちらを見やり聞いていました。


「そうですね……仲がいい、というよりは信頼している神官仲間の方が近いでしょうか。あなた様に話す機会がありませんでしたが。」


 流れる風景を横目に思いにふけます。


「わたくしが序列の三位を冠するのも先代――わたくしの母の功績や神鎧アンヘル『バルフート』の強さに加えて、彼女の信頼の高さの裏打ちあってのものなのです。」


「もっとも、七位を持つラクリマリアに関しては一番最後に神官入りした、という意味合いが強いですが。」


 微笑みながら、彼と視線を交えます。

 巫女神官の序列は単純な神鎧アンヘルの強さのみに依存するものではありません。

 互いに戦うことを前提とはしていませんが、神鎧アンヘルにも相性があるのは当然なのですから。


「クランは巫女神官であることに……自分の生き方に誇りを持っているんだよな。そういうところが俺はとても好きだ。」


 彼の言葉に、思わず顔が熱くなります。

 こそばゆい感覚につい、もじもじと躰を揺すりながら。


「もう、あなた様ったら。そんなことを言われたら照れてしまいます。」


 ヒツギ様は優しい笑顔を見せてくれて、寄り添いたくなりますが我慢をしたのでした。


    ◎


 それは今から四年前のことだった。


 宗教国家北部都市の聖堂で祈りを捧げていたわらわのもとへ、エノテリアが初めて姿を現した。

 三位巫女神官のクランフェリアと同じ顔をした少女。

 最初は同一人物かと疑ったが、すぐに別人であると認識をした。


 理由は、彼女が黒い神鎧アンヘルをその背に顕現させたからだ。

 淡々とした口調でエノテリアは言い放つ。


「……わたくしは、あなたの成そうとしていることを知っています。そして――それを阻止するためにやってきました。」


 妾はまだ十二歳頃の垢抜けない少女を壇上から見下ろす。

 真面目で忠実なクランフェリアとは正反対の視線が交錯する。


「汝に妾の何を知っていると言うのだ。」


 この問い掛けに対して、彼女は答える。


「あなたはこの世界を造り替えようとしています。今は秘匿ひとくされた、神鎧アンヘルの強大な神力を『魂の解放の儀』によって解き放つことで。」


 黒い神鎧アンヘルを従えた宿主の少女は、神鎧アンヘルの計り知れない秘蹟ひせき――神の見えざる恩寵を具現化させる方法を知っているようだった。


「……汝の目的は、妾の命を奪うことか?」


 おそらくは宗教国家都市のどこかの街の修道院で世話になっているのだろう、エノテリアは見慣れたシスターの衣装を身に纏っていた。


「いいえ。それでは大きくなり過ぎてしまいます。未だ――ヒツギ様の転生を確認出来ない以上、この国の体制を変えてはなりません。」


 彼女は何やら理由わけありのようだ。


「ならば、其方そなたはどうするというのだ。」


「わたくしはあなたのをいたします。けれど、協力はしません。神鎧アンヘルの力を増幅させて、ヒツギ様を受肉させなくてはいけないのですから。」


「……そのヒツギ、とやらは其方にとって何なのだ?」


 妾の問いに、黒い神鎧アンヘルが反応して少女の前に出る。

 妾は直感的にその名前と黒い神鎧アンヘルに関係があると見抜く。


「あなたには関係のないことです。――いいえ、あなたによって彼を失ってしまったのは確かですが。」


 まるで要領を得ない話だった。

 まずはエノテリアの意図を明確にしなくてはならない。


「……それで、其方はどう妾に手助けをするつもりか?」


「新しい祭事を行なうのです。いきなりによって神鎧アンヘルの力を解放するのではなく、着実に神力を高めるために――『神鎧お披露目』という名の祭事を。」


 彼女自身、神鎧アンヘルの神力で何かを成し遂げたいのは確実だった。

 互いに目的を持って足並みを揃えつつ、妾の悲願をさまたげるというのか。


「今はまだ、神鎧アンヘルの力を解放しても制御できませんから。そして、あなたが何か不穏な動きをするようでしたら――真っ先にあなたの命を奪いにきます。」


 この時、妾とエノテリアには不思議な信頼関係が出来上がった。



 ――その後、間もなくラクリマリアが七位巫女神官として迎え入れられた。


 この年から一年十四ヶ月のうち、七ヶ月に一度の神鎧お披露目も行なわれるようになるのだった。

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