心の礎

    ♤


 俺とクランはパフィーリアの屋敷に泊めさせてもらっていた。

 神鎧アンヘル騒動があって以来、定期的に復興の手伝いに来るせめてもの返礼というわけだ。



 昼間に南西部の街を見て回り、パフィーリアや新しい補佐官と話をした。

 夜を迎えた今は一人、風呂に入って疲れを落としているところだった。


 貴族の大きな屋敷のような外観だが、風呂場はそこまで大きくはない。

 浴槽は大人が二人ほど足を伸ばして入れるだろうか。

 それでも俺には十分の広さだと思うが。

 湯船に浸かりながら昼間の会話を振り返る。


 同じ宗教において、宗派が分かれて争いが起こるのは珍しいことではない。

 むしろ、今までひとつにまとめていたことの方が奇跡的だ。

 ましては聖なる教は七人の巫女神官が全員、異なる理念を掲げてそれぞれの地域を管轄している。


 国や地域を一つにまとめ続ける秘訣は何か。

 ――それは独裁者の存在だ。

 宗教国家に例えれば、巫女神官だと言っていいだろう。

 圧倒的な神力を神鎧お披露目によって見せつけ、信仰に寄り添い合わせる。

 また、地域の活動でも度々神鎧アンヘルを顕現する機会があった。


 クランは月に数回、管轄である南東部の街で大きな収穫祭やミサがあると神鎧アンヘル『バルフート』を呼び出す。

 その威光を背に収穫を祝い、民衆と交流を深めるのだ。



 しかし、一度分裂してしまえば修復は難しい。

 意見や価値観に齟齬そご――食い違いが生まれれば、その摩擦は争いの火種となる。


 宗教国家が七つの信仰と地域に分かれた上で、互いに尊重し続けるのは巫女神官の中でも序列筆頭、アルスメリアの存在にあった。


 パフィーリアの話では、彼女もまたとしてまつりあげられている。

 最も独裁的で教会全体を支配しているという少女。

 そして限りなく信仰に身を捧げ、起きている間のほとんどを祈りに費やしているらしい。

 そのアルスメリアとこれから、俺とクランは会いにいくことになる。



 ぼんやりとそこまで考えていると、背後から声がかけられた。


「おにいちゃん、お加減はどーお?」


 パフィーリアの声だ。

 様子を見に来たのだろうか。


「ああ、丁度いい湯加減だ。つい、のぼせ気味になっているけどな。」


「そうなんだ。ねぇ、パフも一緒に入っていい?」


 俺はゆるんだ思考でああ、と言ってしまった。

 風呂場の外で衣擦きぬずれが聴こえたかと思えば、おもむろに中へと入ってくるパフィーリア。

 振り向くと、一糸まとわぬ少女の姿があった。


「恥ずかしいからあんまり見ないでね、おにいちゃん。」


「ああ、すまない。気をつけるよ。」


 自分でも何に気をつけるのかわからなかったが、顔を逸らしておいた。

 パフィーリアは湯船に手を入れて温度を確かめている。


「おにいちゃん、パフも入りたい。」


 俺は少女が熱さで転ばないように目を向けると、幼い肢体を間近で眺めてしまった。

 心の底から劣情が浮かんでくるのを自覚する。


「くひひ。お風呂あったかいね。」


 それを知ってか知らずか、パフィーリアは肩まで湯に浸かると俺に背を預けるように座ってくる。

 少女の体温は高めで、身体が本能的に反応しそうになるのを必死でこらえた。


「パフィーリア。どうしてここに?クラン達と入らなくていいのか?」


「クランにはお部屋にもどるって言って、内緒でお風呂に来ちゃった。くひひ、これでパフもおにいちゃんの恋人だよね?」


 やましい思いをごまかす為に話しかければ、思いもよらない言葉を返される。


「どうしてそう思うんだ?」


「ラクリマに聞いたよ。恋人は一緒にハダカで寝たり、お風呂に入るんでしょ?」


 俺は額を押さえて、天を仰いだ。

 この間、南部都市の海へ遊びに行った時に、ラクリマリアから吹き込まれたのだろうか。

 十歳の少女にどこまで教えているのか気になるが固く口を閉じた。


 パフィーリアは身体を向かい合わせて強く抱きついてくる。

 未発達の少女の柔らかな肢体がぴったりと密着した。


「それにパフ、知ってるよ。おにいちゃんはパフととてもよく似てる。パフの神鎧アンヘル『クインベルゼ』が暴走して、助けてくれた時におにいちゃんの心の奥が見えたの。」


「俺とパフィーリアが、よく似ている?」


 南西部騒動で、少女の深層まで心や記憶が繋がったあの時。

 同時にこの子も俺の心や記憶を見ていた……


 吐息がかかる近さで抱き合いながら、パフィーリアの金色の瞳と見つめ合う。



「だって、おにいちゃんは――パフ達やクランとも出会う前から、貪欲にたくさんの人を殺してきたんだから。」

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