派生

    ☆


 その日は朝からクランとヒツギおにいちゃんが南西部に来てた。


 パフの聖堂敷地内に蒸気自動車を止めて、聖堂の周りにある庭園を三人で歩く。


「南西部の神鎧アンヘル騒動からもう三ヵ月か。聖堂はもちろん、だいぶ街も復興が進んでいるな。」


 おにいちゃんが隣に並んで、楽園のように広がる庭を眺めて言った。

 この場所は一番最初に綺麗に直してくれた。


「おにいちゃん……パフ、みんなにたくさん迷惑かけちゃったんだなって……」


 本当は神鎧アンヘルが暴走していたこともあって、覚えていないところが多かった。

 それでも街の被害の様子を見れば、事の大きさは一目でわかった。


 後ろめたさに気落ちしそうになると、優しく頭を撫でられる。


「パフィーリア。もう過ぎたことだ。今は君が元気でいるのが何よりなんだ。顔を上げて笑っていてくれ。」


 苦笑いしておにいちゃんを見上げると、思わず顔が熱くなっているのがわかった。


「あなた様の言う通りです。街の為に出来ることを一緒に考えましょう、パフィ。」


 クランも並び立って微笑んでくれた。




 三人揃って聖堂敷地内にある、パフのお屋敷まで来ると新しい補佐官が出迎えてくれる。


「五位巫女神官様、お帰りなさいませ。三位巫女神官様と補佐官様もようこそおいでくださりました、さぁ中へどうぞ。」


 もともとはヴァネリスの補佐官の一人だったけれど、優しく世話をしてくれるので専属になってもらった人だ。

 居間パーラーにはすでにお茶会の準備がされていて、丸いテーブルをみんなで囲んで座る。


「最近、南西部の街で新たな宗派が生まれているようなのです。」


 パフの補佐官はお茶を淹れながら話しをする。


「新しい宗派?」


 おにいちゃんは眉を寄せて不思議そうな顔をした。


「端的に言いますと、保守的な原理主義派と改革的な福音派で対立が起き始めているのです。」


    ♤


 俺達はパフィーリアの新しい補佐官の説明を簡単に受けた。

 そして、クランが話しをつむぐ。


「原理主義派――攻撃的なまでに伝統的信仰を維持しようとする勢力。もう一つは、福音派――従来に見られる伝統性を不純で旧教的なものと見なして否定し、簡素化や一新する勢力ですか。」


 福音派は、以前の南西部での騒動は神鎧アンヘルもたらした救済であり、既存の価値観に囚われない新たな恩寵であるというのだ。


 対して原理主義派は、神鎧アンヘルの暴走は神の子であるパフィーリアへの畏敬を欠いた信徒達への神罰だと主張した。


「聖なる教の三位一体、神鎧アンヘルの存在意義を敷衍ふえん――つまり拡大解釈して独自の思想を構築し広めてしまっているのか。」


「単一の価値観だけを信奉し、他者の価値観を排撃するのは聖なる教の教義ドグマに反する愚かなことです。」


 俺の言葉に相槌を入れるクラン。


「両派は集会での言い争いや取っ組み合いを頻繁に起こすようになり、街の兵士が仲裁に入った時もあります。いずれはもっと大きな事件になるかもわかりません。」


 復興が進んだことによって、南西部の住民達は騒動で受けた心の傷を信仰によって癒そうとしていた。

 しかし、それはさらなる騒動を引き起こしかねない危うさを孕んでいる。


「教会側は宗派の対立に介入しているのか?」


 俺の疑問にはパフィーリアが答えた。


「パフたちは何もしていないよ。どっちが正しいとも思っていないけど。」


「不用意な仲裁はかえって混乱を招くことになるでしょう――あと二ヶ月もすれば神鎧お披露目もありますし、今は様子を見ていた方が良いと思います。」


 クランの言うことも最もだった。

 現状では、宗派同士を注視して小競り合いのような衝突を防ぐことしか思い浮かばない。

 何か大きな事件が起これば、もちろんすぐに解決しなければならないが。


「わたくし達はこの後、北部都市の筆頭巫女神官アルスメリアの元へ、北東部での紛争の報告もしなくてはなりません。もし問題が起きたとして、すぐに手助けできないという状況は避けたいものですね、あなた様。」


 彼女は小首を傾げて俺を見た。


「おにいちゃんたち、アルスのところに行くの?」


 そこで、パフィーリアが話に食いついた。


「ああ。そうなんだが……パフィーリアはアルスメリアと仲が良いのか?」


 俺は巫女神官の筆頭であるアルスメリアの事を全く知らない。

 何か話が聞けるならば、訊いておくと良いかもしれない。


 パフィーリアはうなずいてから、満面の笑顔を浮かべて言った。


「くひひ。アルスは今頃きっと、の準備をしていると思うよ!」

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