照顧

    ▱


 南部都市の歓楽街を御主人様と散策していると、海を一望できる公園に到着しました。


 休憩がてらに座れる場所に腰を下ろすと、御主人様は近くの出店から温かい飲み物を買ってきてくれます。


 二人で熱々の珈琲を手に、お互いに近況を交えて雑談をしました。

 あたしは猫舌なので、少しずつ冷ましながら。


 年末年始にあたしの北西部で起きていた出来事。

 南部都市の海で遊んだことを一緒に振り返り。


 御主人様が北東部の異教徒紛争に関わったこと。

 そこで起きた、御主人様にまつわる話。


「――御主人様が神鎧アンヘル?」


 あたしはきょとんとしてしまいます。


「……驚かないのか?」


 御主人様は拍子抜けしたような顔をしていました。


「あ、はい。驚きましたよ?――わぁ、びっくりですぅ。」


 珈琲を持っていない方の手をかざしましたが、少々わざとらしかったかもしれません。



 驚愕の事実なのはそうですが、不思議と理解は難しくありませんでした。

 なぜなら、あたし自身が似たようなものだからです。


 神鎧アンヘルとともに不死でありながら人でもある、このあたしに。

 むしろ、似た者同士であることに喜ばしい思いすらあります。



 あたしは思考する。

 御主人様に神鎧アンヘルの力が流れているのは最初から解っていました。

 けれど、それは御主人様自身が半分とはいえ神鎧アンヘルであったからで。


 それならば、パフィーリアの神鎧アンヘルが暴走して御主人様が深く傷つけられたあの時、巫女神官のあたしの血で即座に傷が癒えたことにも納得ができます。

 神鎧アンヘルは巫女神官の罪苦や阿頼耶識あらやしき、血を糧として神力を発揮するのですから。


 むしろ、この事実はあたしにとっての福音ではないでしょうか!

 共に不死であり人でもある、神鎧アンヘルのヒツギさんと巫女神官のあたし。

 これほど相性の合うは他にはあり得ません!



 ――と、それはそれとして。


「御主人様。よく聴いてくださいね。」


 あたしは両手で温かい珈琲を持って口にしながら、ゆっくりと説法を説きます。


「もし、ご自分が何者であるかということで悩んでおられるのなら、それを気にしてはいけません。御主人様は御主人様です。あたしにとって、とても大切な人。そういったことを考えるのは、哲学者の方に任せれば良いのです。」


 あたし自身、不死として何百年と長い時を過ごしてきた中で、自分が何者なのかを考えた。


 けれど、未だに答えが出ていないのですから。


「自分自身のことを考えるのは大事なことです。でも、考え続けるだけでは前へ進むことはできないのです。己をかえりみるとは過去を振り返ること。あたしの御主人様はいつだって、前を向いて走っています。それを止めることは誰にも何にも出来ません。」


 あたしは手を胸に当てて告白します。


「そんな御主人様が、あたしは大好きなんです。」


「ヒルデ……そうだよな、ありがとう。」


 静かに海を遠目に眺めながら、彼は答えました。



 もう一つ、あたしは御主人様に伝えておかなければならないことがありました。


「御主人様。これから先、何か大変なことが起こった時はあたしのところへ来てください。絶対に力になりますから!」


 こちらを見た彼と目が合います。


「中央部都市、巫女神官専用の保養施設……あたしの庭園にある社は知っていますか?困ったらぜひ、その中へお入りください!」


 そう教えて、あたしは御主人様の手をぎゅっと握りました。


「懺悔やお悩み事がありましたら、あたしと神様がまたいつでもお聴きしますから。遠慮なく言ってくださいね。そのためのシスターであり、巫女神官です!」


 少しでも、大事な人の心が健やかであることを願って。


「……君の話を聴いていたら、とても気が楽になったよ。」


 御主人様が微笑んでくれたので、あたしも嬉しくなって笑顔になります。



 珈琲を飲み終えると、あたしたちは陽の傾く南部都市の歓楽街へと足を向けていきました。

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