交遊

    ▱


「御主人様ぁぁああ!会いたかったでしゅううう!」


 昼間の人通りの多い中、あたしは(未来の)御主人様、ヒツギさんに抱きついていきました。


「はは、よしよし。ヒルデ、少し落ち着こうな。」


 抱き返されて背中をポンポンされながら、あたしの頭は幸せな気持ちで満たされます。



 あたしことヒルドアリアは、御主人様と二人で七位巫女神官ラクリマリアさんの管轄である、南部都市の歓楽街に遊びに来ていました。

 周りには同じように男女のカップルばかりで、少し騒いだだけでは全く気にされません。


 他の都市から来ている人々がほとんどで、服装もみんなバラバラでした。

 だからこそ、巫女神官のあたしが大っぴらに御主人様といちゃいちゃするには、うってつけの場所なんです!



 今日はクランさんと約束を交わした、二週間に一度の補佐官交換の日。

 めいっぱい逢瀬デートを楽しむために事前に計画を練っていたのです。


 あたしはいつもの巫女服に膝上の靴下、ストールを巻いた格好ですが、御主人様は普段の服とは違いました。

 補佐官の服は着て来れないので当然と言えばそうなのですが。


 黒を基調としていて、男性用のケープコートからスラリと伸びる手足に何とも言えない色気があります。

 道行く女性たちもちらちら御主人様を見ているようで、隣に居られるだけで自慢げになってしまいました。



 しっかりと腕に抱きついて歩き始めます。


「さあ、行きましょう御主人様!時間は無駄には出来ませんから!」


「はは、わかった。まずはどこから行こうか。」


 もちろん、あたしは行ってみたい場所を念入りに調べておきました。

 頭にたたき込んだ道順を実際の街並みに重ねます。


「えっとぉ、まずは可愛い小物のお店が近くにあるはずなんですけど……」


 きょろきょろと見回してみるものの、あたしの北西部とは全く違う風景に物珍しさの方が勝ってしまいます。

 多くのお店に男女の連れ合い、出店もあって香ばしい匂いも漂っていました。


 思わず喉を鳴らしてしまうと。


「小腹が空いたな。あの出店をのぞいてみようか。」


 そこは、大きな肉の塊を吊るして焼きながら刃物で削り、パンや野菜にはさんで食べる出店でした。


「えへへ。御主人様が行きたいところなら、どこでもついていきます!」


 あたしは持ってきたお小遣いを取り出そうとすると、すでに御主人様が二人分を買って手渡してくれた。

 お金を渡そうとしますが……


「これくらいなら気にしないでくれ。熱いから気をつけてな。」


 そう言って、自分のお肉を食べる御主人様。

 食べ物を受け取ったまま、ついその様子を眺めてしまいます。


「……うん。なかなか濃い味付けで良い腹の足しになるな。ヒルデはどうだ?」


 咀嚼そしゃくしながら訊かれます。

 あたしはしばらく考えたあと、目の前に見える御主人様の食べかけの方にかぶりつきました。

 口の中にお肉とたっぷりの香辛料の味が広がって、それを野菜やパン生地がふんわりと引き立てます。


おいひいれふ美味しいですごひゅひんはま御主人様!」


 御主人様は笑いながら、手に持ったお肉を食べさせてくれました。

 代わりに、あたしも自分の手にあるものを差し出して食べさせ合います。



 あたしたちは小物を取り扱っている雑貨屋に入ると、所狭しと置かれた小物や装飾品を見て回りました。


「そういえば、以前に南西部の街で会った時も小物や香水を買っていたな。そういったものを集めるのが好きなのか?」


 隣に並ぶ御主人様に訊かれます。


「えへへ、実はそうなんです。ラクリマリアさんは衣装集めが趣味らしいんですけど、あたしは飾れる小物や変わった香水集めが好きで。あ、これ南西部でも見かけました……南部は隣り合っているからか似た物も多いですねぇ。」


「ふむ――これなんかヒルデに似合うんじゃないか?」


 そう指し示された物は、ピンで止める綺麗な髪飾りでした。

 深紫こきむらさきの宝石が良いアクセントになって素敵な意匠です。


「これ良いですね!うーん、でもちょっと高いです。他にも見て回りたいところもありますし……」


 他の商品より桁が一つ多く、あたしのお小遣いが吹っ飛んでしまう値段でした。

 前回、南西部で買い物をたくさんしたせいか、あたしの生真面目な補佐官に渡されたお金が多くなかったんです。


 この後の散策予定と併せて、唸りながら頭を悩ませていると御主人様はお店の人を呼びました。


「この髪飾りをこの子に。」


 何気なくぽんと買ってしまうと、髪飾りをあたしのお下げの髪留めに付けてくれます。


「ご、御主人様。こんなに高いもの受け取れないですよう。あたしも少し出しますから……!」


「君にはちゃんとしたお礼をしたいと思っていたんだ。だから贈らせてほしい。」


 あたしは嬉しさと恥ずかしさから、何も言えなくなってしまいました。


「ありがとうございます、御主人様……!」


 顔が火照って、赤くなっていないか心配になります。



 そして、二人でまた別の場所へと歩いていくのでした――

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