決意

    †


「――少しだけ、二人きりにさせていただけませんか。あなた様。」


 少しの間をあけて、エノテリアがそう言いました。


「……わかった。俺は部屋で待っているよ。」


 ヒツギ様はうなずくと、立ち上がって自分の部屋へと戻っていきました。


 それを二人で見送ります。



 居間にわたくしとエノテリアが残り、お互いに向かい合いました。


「あ、あの……」


 わたくしは未だに、彼女に対してどの様に接したらいいのかわかりません。

 しどろもどろになって、目が泳いでしまいます。


「……。わたくしは、あなたに言っておかなければならないことがあります。」


 エノテリアはわたくしを見据えて話し続けます。

 彼女の強い意志を秘めた蒼い瞳に、躰が強張りました。


「わたくしはを諦めません。けれど、あなたから無理に奪うことも、もうしません――これはあくまでも忠告です。」


「……忠告、ですか?」


「わたくしとあなたはともに同一であり、どちらが本物であるかに意味はない、と言ったのを覚えていますか?その考えは今でも変わりません。」


 ひと呼吸をおいて、エノテリアは言葉を紡ぎます。


「……しかし、それではいずれあの人を――ヒツギ様を再び失ってしまうことになりかねません。」


「そ、それは一体どういうことですか……?」


 不穏な話しに問い返しました。


「今のあなたは――以前のと同じだと言っているのです。神鎧アンヘルに頼り、に頼りきっていた、あの時のわたくしに。」


 彼女は決意に満ちた眼差しで、わたくしに告げます。


「わたくしは、彼を――ヒツギ様を付き添い守護まもります。あなたがもし、あの人の命を無為に危険に晒すようであれば……その時は、わたくしがヒツギ様をいただきます。」


 わたくしはただ息を呑み、エノテリアの言葉を聞くことしか出来ませんでした。


「わたくしの話はここまでです。あなたは何かありますか?」


「わ、わたくしは……」


 正直なところ、頭の中が混乱して考えがまとまりません。


 そのまま言葉を飲み込んでしまうと、彼女は踵を返します。


「――あの人とお話してきます。」


 わたくしは、エノテリアの背中を追いました。



 ヒツギ様はすぐに部屋から顔を出しました。


「話は終わったのか……?」


 エノテリアは彼の目の前に立って言葉を交わします。


「……あなた様。わたくしはこれで失礼いたします。ですが、わたくしは常にあなた様のおそばにいます。御用がある時はいつでも呼んでくださいね。でもいたしますから。」


 そう言って、彼に身を寄せるもう一人のわたくし。


「エノテリア。俺は君の心を救いたい。うまくは言えないが、早まったことだけはしないでほしい。」


「――あなた様のお気持ちは十分に伝わっています。心配をしないでください。今のわたくしは、あなた様のおそばにいられるだけで、幸せなのですから。」


 彼女は彼に微笑み、影の中に溶けこんでいきました。



 ……わたくしは、一体どうすれば良いのでしょうか。



 ――そして、夜を迎えます。


 いつものようにヒツギ様の部屋へと入っていき、ベッドに座る彼の隣に腰掛けました。

 ずっと、考え事をしていたのでしょうか?


 わたくしはゆっくりと彼の首に腕を回します。


 あの人はわたくしを抱こうとして、躰を強張らせて離し、頭を押さえます。


「クラン……すまない。俺は――」


 わたくしは心が締めつけられる思いでした。

 ひどく動揺した、ヒツギ様の目から涙がこぼれるのを初めて見たからです。



 悩んでいるのはわたくしだけではなく、彼も大いに苦悩しているのは当然のことでしょう。


 複製された存在だとしても、恋人だったを振ってしまったも同然のことをしたのですから。


 いつだって、わたくしのことを一番に考えて尊重してくれる彼が、もう一人のわたくしであるエノテリアに気をかけるのは当たり前のことではありませんか。


 そして、ヒツギ様自身が神鎧アンヘルであり人でもあるということ。


 他の誰とも共有できない孤独感。


 それは巫女神官として孤独に過ごした、わたくしにも理解することは困難な深い絶望なのでしょう……



 ――わたくしは彼に心を救われました。


 今ここで、わたくしがあの人を救わずして、聖なる教のシスターだと言えるでしょうか。


 いいえ。何より、彼と支え合う伴侶だと言えるでしょうか。


 今のわたくしに出来ること。


 わたくしは決心をして、涙を隠すヒツギ様の頭を胸に抱きしめました。


「あなた様……わたくしの言葉をよく聴いてください。あなた様が聡明でお優しいのはわたくしがよく知っています。何者であるのかも関係ありません。あなた様は、わたくしの愛するたった一人のお方なのですから。」


 胸に頭を埋められながら、ゆっくりと腰に腕が回されます。


「どうかこれからも、わたくしとともに――わたくしに、あなた様を導かせてください。」


 わたくしはヒツギ様の頬に手を添えて、唇にキスをして。


 自ら服を脱ぎながら、彼を押し倒していきます。


 少しでも辛さを忘れられるように。


 今この時だけは、何も考えずにいられるように。



 今夜はわたくしがあの人に、たっぷりと奉仕をして愛を捧げることしましょう――

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