恋人たち

    ♤


 宗教国家都市、南東部にあるクランの母屋に俺達は帰ってきていた。


 北東部での異教徒たちとの紛争に一区切りがついたのだ。

 完全な防衛線の構築にはまだ時間はかかるものの、二位巫女神官ヴァリスネリアが北東部の軍と協力しているので問題はないだろう。



 そして何よりも。

 俺達には少し考える時間が必要だった。


 クランとエノテリア、二人の少女。

 見た目はどちらも同じで、違うのはその十字の瞳の色だけだ。


 しかし、エノテリアには違う世界でのとしての記憶がある。

 それには俺の失った記憶に関わるものも多くある事だろう。


 俺自身、元々はその違う世界で生きていた人間だという事も判明している。

 その世界で俺は命を落とし、今のこの世界へと転生を果たした。



 俺達三人は、キッチンの机を囲むように座っている。

 何から話したものか、この場にいる誰もが思っている事だろう。


 最初に口を開いたのは、エノテリアだった。


「……わたくしが転生したと気づいたのは、十年間ほど前になります。その場所は北東部の旧市街地にある聖堂でした。」


 俺とクランは彼女に目を向ける。

 十年前といえば、宗教国家都市と隣国の戦争が終結した頃だ。


「それは三位巫女神官の先代、わたくしのが姿を消してから半年ほど経っている頃で、わたくし自身の容姿もに戻っていました。」


 エノテリアは視線を手元に落としたまま、話し続ける。


「幸いなことに、わたくしの神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』の影による空間転移のおかげで、移動には困りませんでした。はじめは馴染みのある、わたくしの南東部へと向かったのですが……そこにはもう一人のわたくしがいました。」


 思わずクランを見ると、彼女は複雑な思いを秘めた表情をしていた。


「当然のこと、困惑して直接会うことなど出来ずに路頭に迷います。しばらく考えたあと、生活に関しては近くの教会へと駆け込んで、お世話になることにしました。その時に、わたくしはの好きだった花から名前をもらい、エノテリアと名乗るようにしたんです。」


「君の記憶には、別世界で俺と一緒だった時だけのの記憶が受け継がれていた……ということか。」


 エノテリアは静かに頷き、クランと目を合わせる。


「まさか別世界でのわたくしが、この世界でを産んでいたなんて思いもしませんでした。」


 北東部の聖堂でまばゆい光に包まれた時、三人の記憶が共有された。

 俺自身も死の体験の記憶を取り戻したが、それでも全てを思い出したわけではない。



 だが、別世界での俺自身の話を訊くことも躊躇ためらわれた。


 目の前に座るクランの赤い十字の瞳と目が合ったからだ。

 彼女はとても不安そうな表情をしている。


 クランの心の内は分からないが、自分と同じ存在がいて俺と恋仲だったことを考えると、察することはできた。


 ……を戻されて、自分はないがしろにされてしまうのではないかと。



 当然ながら、俺にとっての恋人はクラン以外の何者でもない。

 それに今まで自分の記憶にあまり頓着しなかったのだ。

 思い出しはしても、わざわざ掘り返すようなことをしたくもなかった。


 エノテリアも何か言いたげに、俺へと蒼い十字の瞳を向けている。



 俺は腕を組んで目を閉じ、逡巡した。


 ――いや、考えるまでもない。


 答えはもう出ているじゃないか。


「クラン。」


 俺は目を開けて、クランを見つめる。


「は、はい。あなた様……!」


 すがるような声で返事をする彼女。


「君は俺にとって大事な恋人だ。それは決して変わることはない。」


 クランは目を見開いて、瞳を輝かせた。


 逆に、エノテリアはわずかに顔をうつむかせる。


「だが、エノテリアがこの世界にいる事には、俺にとって何か意味があるのではないかと思うんだ。少しだけ、俺の我儘わがままに付き合ってはくれないだろうか。」


 二人の少女を見やりながら訊いた。


「……わかりました。あなた様がそうおっしゃるのなら、わたくしはかまいません――あなた様を信じていますから。」



 クランは微笑んで、そう答えてくれた――

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