第九話 天上へと到る巡礼
北部都市にて
◎
妾には天使が仕えていた。
いつだって天使は語りかけてくる。
目の前には色を失った世界が広がっていた。
天使はだんだんと大きくなっていく。
けれど、その声は少しずつ聴こえなくなる。
天使は一人ではなかった。
一人、また一人と増えていく。
全部で七人もの天使が立ち現れていた。
天使達はその姿が大きくなるとともに、声が聴こえなくなっていった。
妾はいつしか天使そのものになっていた。
◎
宗教国家の北部都市、それは国家を支える基盤であり中枢だった。
北西部都市からの大きな山脈が連なり、その源流がやがて巨大な河川となって北東部都市へと流れていく。
北部都市の山脈は鉱山が多く、採掘場や加工場が作られた。
山脈からの流水をダムや堤防で治水することで技術が発展する。
そして、蒸気機関を開発すると高度な文明を宗教国家都市にもたらした。
北部都市はそのほとんどが工業地域であり、各部都市へと蒸気機関による繁栄に貢献した。
宗教国家は聖なる教による教会主導で成り立ち、それを工業や技術的な面で支える役割を担うのが
妾の管理する聖堂は北部都市を見渡せる台地の一角に建てられている。
街からは
――妾は大きく広い聖堂の最奥、聖職者席の礼拝堂で祈りを捧げていた。
「アルスはいつでもお祈りをしてるんだね。」
背後から無邪気な子供の声が聴こえる。
祈りとは最も基本的な宗教行為の一つだ。
神聖視する対象に何らかの実現を請う行動だが、一概に特定の宗教における価値概念に縛られるものではない。
祈る者の状況や慣習によって多岐に渡る。
病気の回復に身の安全への祈願や死者への黙祷。
神に対しての懺悔や思いを告げる告白やお礼参り。
平伏や合掌、あるいは神楽のような舞。
さらには占いや流れる星に対してなど、人にとって身近で普遍的な、より根源的な欲求に基いた人間の活動様式であるものだ。
「絶えず祈れ。天使達は神への賛美を忘れない。」
妾は振り向かずに背後の子供へ言葉を贈る。
「くひひ。神は人間の奉仕を必要とはしない。」
相変わらずの無邪気な口調で言葉を贈られる。
「神は人の思いをすでに知っている――か。」
祈りを行なわれずとも、神は人間のことを全て知っているからだ。
背後の子供は続けて言葉を紡ぐ。
「祈りによって人間は神に近づこうとして、神との絆――さらには共に祈る他の人間との絆を更新する。」
妾はゆっくりと振り向いて、後ろにいる声の主と向き合う。
ふわふわの金髪に金色で花形の瞳。
子供らしさの中にも気品のあるふんわりとした修道服を纏っている少女。
サンクチュアリの
「
「パフは、パフの中の神――
くひひ、と少女は屈託のない笑顔を見せた。
――
聖なる教の三位一体、天使を
我々、最高位の巫女神官のシスターだけが発現出来る七つの神体。
……
発現には我らが宗教国家民族、人類の心に普遍的に存在すると考えられる先天的な元型や神話の作用力動の影響力に依存している。
故に人々の信仰心、
その為の祭事が神鎧お披露目だった。
そして、集団力動を感受豊かに最効率で集約し、
その力の大きさは召喚者たる巫女神官の罪の重さ、業の深さに比例する。
罪苦に囚われるほどに
五位巫女神官パフィーリアの
暴走自体は宿主であるパフィーリアの未熟さ故ではあるが、
「アルスは何のために祈るの?」
パフィーリアは
「……果たさなければならない宿願の為に。」
――
七つの
「低俗で欲と罪に
それが妾の悲願だった。
「くひひ。アルスは
大したことのないように、少女は
妾と同じ、
妾は
すると、花束は触れた先から石灰化していく。
色とりどりのブーケは灰色の彫刻と化した。
「パフィーリア、晩餐にしよう。付き合うが良い。」
「いいよ、アルス。一緒に食べよ!」
二人の神の子。
あらゆるものを意のままに手に入れてきた妾。
あらゆるものを奪われ続けてきたパフィーリア。
最も近く、最も遠い対極の存在。
尊大にして不遜の妾はしかし、無邪気で人懐こいパフィーリアに対しては、何故か心を許していた――
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