終結

    †


 ゆっくりと目を開けると、わたくしは宗教国家北東部の旧市街地、その中ほどにある聖堂前広場に立っていました。


 右手に持っていたロザリオの激しい光は収まっていて、今はただ静かに月の光を受けています。


 わたくしの神鎧アンヘル『バルフート』は召喚回帰されていて、周囲を見渡すと近くにエノテリアが呆然と立ち尽くしていました。


 彼女は眼を見開きながら、宙を見つめています。


「あ。あの……」


 何と声をかけていいのか分からず、言葉を頭の中で巡らせては考えあぐねていました。


「わ、わたくしは……わたくしは一体……」


 エノテリアは放心したように何かを呟いています。


 気がつけば、わたくしの愛する彼――ヒツギ様が隣に立っていました。


 そして、おもむろにエノテリアへと近づいていくのでした。


    ♤


 俺はエノテリアの目の前に立つと、彼女の蒼い瞳と目が合った。


「あなた様……」


 で恋仲であったであろう少女は、声と躰を震わせている。


 今にも崩れ落ちてしまいそうな不安定さだった。


 俺は懐から血塗れたロザリオを取りだし、両手でゆっくりとエノテリアに握らせる。


「このロザリオはなんだろう、エノテリア。俺の愛したのクランフェリア。」


 エノテリアは涙を流しながら言葉を絞り出す。


「わたくしは……気づいてしまいました――わたくしはクランフェリアではありません。エノテリアでもありません。わたくしの愛したあの人と同じ、もうどこにもいないはずの……」


 黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』。

 もう一人の俺が、エノテリアの正体に口を閉ざした理由。


 記憶の中のエノテリア――クランフェリアの母親は、別世界での俺の恋人だった。


 彼女は十六年前のに転移して、クランフェリアを産んだ。

 そして、十年前の戦争で行方不明になった。

 仮に生きていたとしたら、現在では三十二歳ほどのはずだ。


 だが、目の前にいるエノテリアはクランフェリアと全く同じ十六歳の姿をしている。


「今のわたくしは、エノテリアの――の想いの具現――複製された存在だったんです。最早、あなた様に愛してもらう価値すらありません。」


 彼女の涙は溢れて止まらなかった。

 両手で顔を覆い、さめざめと泣いている。


 悲しみと絶望にあふれた彼女の言葉に心が締めつけられた。


 ――俺は小柄な少女の躰を抱きしめる。


「そんなことはない。エノテリア、俺と一緒にいよう。」


 思わず口にしていた。


「……わたくしを傍に置いてくださるのですか?」


 俺は肯定をこめて、そっと彼女の頭を撫でる。


 クランフェリアは静かに俺達を見守っていた。


 エノテリアは神妙な顔をして、涙で濡れた頬を染めた。

 それはいつか見た、ヴァリスネリアの聖堂で開かれた結婚式での花嫁の表情と似ていた。


「帰ろう、エノテリア。俺達の家に。」


 彼女の背を押しながら、クランの傍へ歩いていく。



「お前は選ばなくてはならない。魂の伴侶となるものを……」



 頭の中での言葉を反芻はんすうする。


 ――俺はクランとともにいると誓った。


 だが、目の前のもう一人のも、放っておくことは出来なかった――


    ♢


 長い夜が明ける。


 宗教国家都市北東部での異教徒との紛争は終結に近づいていた。


 私の神鎧アンヘル『バルトアンデルス』の長距離砲撃によって、異教徒の軍勢を大きく削ることが出来たからだ。


 それと同時に、クランフェリアの神鎧アンヘル『バルフート』によって押し上げた戦線で、畳み掛けるように北東部の軍人達が雪崩れ込んだ。


 宗教国家都市の敬虔けいけんたる同胞達には、我が神鎧アンヘルの砲撃によって変異消失はしない。


 私の砲撃を後ろ盾に、果敢に異教徒たる亡者どもを駆逐していった。


 完全な制圧も時間の問題だろう。


 戦闘が終わり、防衛線を盤石なものに出来次第、クランフェリア達と共に北部都市にいるアルスメリアの下へ報告に行くとしよう。


 旧市街地の高台にある噴水広場に設置した拠点で街を見下ろし、そんな事を考えていた。


 直にクランやエノテリア達もここへ合流するだろう。



 私は肌寒い夜明けの風を受けながら、彼女達を待つのだった――

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