二人のクランフェリア

    ♤


 突然、爆発のような大きな震動が起きた。


 何事かと思った矢先――エノテリアはエプロンを外して着崩れた服のまま、険しい顔でケープコートを羽織って外へと飛び出していく。

 急いで己の着崩れを直して彼女を追いかける。

 階段を上り地上へ出ると、物影に少女の姿を確認する。


っ!」


 俺はエノテリアの傍に駆け寄ると、その視線の先を追った。

 そこは街中にある古い聖堂でクランフェリアと白い巨像の神鎧アンヘル『バルフート』の姿があり、俺達を探していた。

 先ほどの爆発はエノテリアをおびき出すための威嚇射撃だったらしい。


「――あなた様を返してください……!」


 厳しい表情でクランが周囲に聴こえるよう告げる。

 エノテリアは隠れながら、静かに黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』を顕現させて言った。


「あなた様。危ないですから、わたくしの地下の母屋の中へ避難してください。」


 このままでは間違いなく二人は戦うことになる。

 もちろん、それだけは阻止しなければならない。

 俺はクランフェリアが見つけられるであろう聖堂前の広場へと飛び出した。


「クランっ!俺はここだ!話を聞いてくれ!」


「あなた様っ!?よかった、ご無事だったんですね……」


 クランが俺の姿を確認したその瞬間だった。

 彼女の神鎧アンヘル『バルフート』へ向かって三メートルほどの黒い塊が高速で突撃して叩き飛ばした。

 白い巨像は聖堂を囲む外壁を破壊しながら倒れ込み、新たに瓦礫の山が作られる。


「……っ!?」


 身をかばうクランの真上に黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』が拳を掲げて滞空していた。


「やめろっエノテリアっ!!」


 今から走って間に合う距離ではなかった。

 クランは頭を抱えるようにしゃがみ込む。


 彼女へ拳を振り下ろすかと思った矢先、黒い神鎧アンヘルは球体状の防護壁を展開する。

 轟音とともに数百発の弾丸の嵐が球体へ浴びせられるも、貫くことはできず四方へ跳ね返し拡散された。


 起き上がった白い神鎧アンヘルは数歩で距離を詰めると右腕のアンカーブレードを射出させて、黒い球体を弾き飛ばす。

 俺はクランの傍まで駆け寄って声をかける。


「大丈夫か、どこかに怪我はないか?」


「へ、平気です。わたくしならこの通り……」


 すがりつく彼女は可哀想なほど震えていた。

 その綺麗な紅玉のような瞳は潤んで、恐怖と安堵の二つの感情が入り混じっている。

 涙目のクランを守るように抱きしめながらエノテリアの方へ目を向けると、彼女はたった一つの感情を蒼い瞳に宿し憤怒の形相でこちらを見ていた。



「――わたくしのあなた様に……触 る な ぁ あ あ あ あ あ っ !!」



 エノテリアの叫びと同時に黒い神鎧アンヘルが怒りの咆哮を上げる。

 猛烈な勢いで飛び出した『ザルクシュトラール』は、その手に身の丈以上の大剣を顕現させた。

 それは、俺の呼び出す大剣『布都御魂ふつのみたま』に酷似している。


 俺達の前を塞ぐように『バルフート』が立ち、四枚の肩部装甲から近接防御火器が作動した。

『ザルクシュトラール』の頭上に数千発もの弾丸が降り注ぎ、瞬時に球体状の防護壁を展開するが激しい弾幕に足が止まる。

『バルフート』はその隙を狙い、右腕のアンカーブレードを振り上げると凄まじい膂力りょりょくで黒い球体を叩き斬った。


 黒い球体は斬撃を耐え切るが聖堂の周囲を揺るがすほどの衝撃で、足元から瞬く間に地盤が崩壊し周囲に広がる。

 俺はクランを抱き上げて逃げ出そうとするが間に合わなかった。


 彼女を抱え込んで背中から落下したその先は地下礼拝堂になっていた。


「ぐぅ……ここは……?」


「うっ……ぐす……あなた様ぁ……」


 腕の中のクランはすっかり怯えきって泣いてしまっていた。

 彼女を優しく抱きしめて頭を撫でてやると、泣き虫な愛しい少女は俺の首元に頭を埋めて頬擦りをする。


 ――俺の視界に黒い神鎧アンヘルがゆっくりと姿を現す。

『ザルクシュトラール』は闇を纏って二メートルほどの大きさに変化する。

 何故だか、この黒い神鎧アンヘルとはをつけなければならない気がしていた。


「クラン、危ないから『バルフート』に守護まもってもらうんだ。」


 クランを立たせて小さな背中を押してやると、彼女は不安そうにしながらも白い巨像の右手へと乗りこむ。


「――来い。今度は……全力で闘わせてもらう!」


 そして、右手をかざして大剣『布都御魂ふつのみたま』を顕現させて漆黒と対峙するのだった――

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