闇の中

    †


 宗教国家北東部、旧市街地の廃墟に暗闇が辺りを包んで数時間が経ちました。


 軍の兵士達と異教徒達との戦線は北東部外縁に流れる広い河川を境に分かれ、互いににらみ合っている状態です。


 一方で、わたくしと同じ巫女神官のヴァリスネリアは神鎧アンヘルを発現し、既に神力の全開放である『血算』を起動しているようでした。


 彼女の神鎧アンヘルによる長距離砲撃が始まっている今、戦況はこちらに大きく傾くでしょう。


 ヴァリスネリアの神鎧アンヘル『バルトアンデルス』の砲撃は弾道が直線で、着弾するまで無制限に飛んでいきます。

 そして着弾後は数百メートルほどの範囲のを分子レベルで変異、消失させる力がありました。


 夜が明ける頃には大量に車両や兵器、砲撃を逃れた異教徒の軍勢のみとなることでしょう。



 そんな中、わたくしは一人で旧市街地の廃墟にある外壁に囲まれた廃民家の一角を歩いていました。


 もちろん、行方が分からないヒツギ様を探すためです。

 愛する彼がわたくしの傍にいない寂しさと辛さに耐えかねて飛び出してきてしまいました。


 とはいえ、灯りのない暗闇に覆われた廃墟は不安と恐怖をかき立てるには十分過ぎました。

 どこに異教徒の残りが潜んでいるかも分かりません。


 わたくしはいつでも神鎧アンヘル『バルフート』を呼び出す気持ちで廃屋の探索をしていきます。


 ヒツギ様を襲った黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』はとても特殊で、巫女神官の顕現する神鎧アンヘルの中で唯一つが出来ない神鎧アンヘルでした。


 それゆえに黒い神鎧アンヘルの宿主である六位巫女神官エノテリアも居場所が分からず、わたくしはヒツギ様の持つ血に濡れたロザリオのかすかな力をたどるしかありません。


「あなた様はどこまで追われていたのでしょうか……」


 廃民家の建ち並ぶ一角は黒い神鎧アンヘルが暴れたであろう痕跡こんせきが多く残されていました。

 瓦礫を避けながら慎重に、とある廃屋の中へと進みます。

 酷く荒らされているのに加えて、激しく争った形跡がある室内。


「んんぅ……この辺りでは止まっていますね。」


 部屋の中を恐る恐る探しながら、窓から差し込む月の光に誘われて窓辺へと歩きます。


 その窓からは階段状になった旧市街地の街並みと、ある聖堂が見えました。


「あの聖堂は……?」


 六位巫女神官エノテリアは自分の聖堂を管理してはいないと聞いていました。


 けれど、それは聖堂を所持していないということではなくて……


 聖務を行なうために大きな祭事の時でも解放することがない、ということだったのなら。


 もしかしたら……という予感とともに、わたくしは街の中ほどにある聖堂へと向かいました――


    ♤


 どれほどの時間が経っただろうか。


 俺は柔らかなエノテリアの躰を抱きしめながら意識を取り戻した。


 ――今、見たものは間違いなく俺の過去の一部であり死の体験だ。

 それと同時に腕の中の少女の記憶でもあった。


 では、今ここにいる俺は一体何者なのか。

 そしてクランフェリアと同じ姿でエノテリアと名乗るこの少女も。

 いや、そもそもクランフェリア自身に秘密があるのか……?


 記憶の一部を取り戻しても、分からないことはさらに増えていく。


「んんぅ……?」


 エノテリアもまた眠りから覚めたようだ。

 唇が触れ合いそうな距離で蒼い十字の瞳と見つめ合う。


 ただひとつ確実に言えることは。


 ――俺はと再会を果たしたのだ。


 愛しい少女の小顔を間近に暖かな温もりを腕にして、俺の獣欲は抑えが効かなくなっていく。


 そして、いざ手にかけようとしたところで、お互いの吐息だけの部屋に腹の音が加わる。


 ――俺達は間を置いて笑い合う。


「うふふ、あなた様ったら。待っててくださいね。今、ご飯を作りますから。」


 エノテリアは俺の唇に指を当てるお茶目な仕草で立ち上がると、何やら布を取り出してくる。

 紐のついたそれを身に着けると蠱惑的なエプロン姿となり、笑顔でその場をくるりと回ってみせた。


「似合いますか?わたくしの手作りなんです。」


 新鮮な彼女を目の当たりにして心がたかぶってしまう――その時だった。


 突然、爆発のような大きな震動が起きた――

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