宵闇

    ♢


 日が落ちて旧市街地の廃墟に夜の闇が訪れる。


 しかし、銃撃戦の応酬による反響は未だに続いていた。

 白い巨像の神鎧アンヘルはすでに召喚回帰されている。


 一報によれば、大通りの鉄橋付近に防衛線を構築出来たらしい。


 さすがクランフェリアは優秀で信頼できる神官仲間だ。

 私の見込み通りの働きをしてくれる。


 ならば、次は私の出番だと言えよう。

 拠点である劇場の外、噴水広場の前に一人で立つ。

 ゆっくりと、そして大仰に腕を広げてから口を開いた。


「――さあ、今宵こよいも演奏を始めよう。荘厳な音色を戦場に響かせようではないか。けわしきヴァルハラを先駆さきがけ昇る敬虔けいけんな強き同胞達へ。地獄の淵へ我先にと堕ちゆく不義なる弱き亡者共に……その思念の数はいかに多きかな。我これを数えんとすれどもその数はすなよりも多し!」


 により内なる罪垢ざいくが溢れて神鎧アンヘルの黒き力となる。


「――いでよ、我が神鎧アンヘル『バルトアンデルス』!」


 強い耳鳴りとともに十数メートルほどの白い大蜘蛛の神鎧アンヘルが噴水中央の彫刻像へ取り付いた。


「静寂に戯れよ!――『血算起動』!!」


 私を中心に周囲一帯のあらゆる音が一切を消失される。


 随行ずいこうして戦闘任務をこなす北東部の兵士達はみな何食わぬ顔で待機、護衛をしていた。

 普段から銃声や爆発音から鼓膜を守るため、耳に栓をして無言で行動しているからだ。

 やはり戦闘経験や場数を踏んでいるだけのことはある。


「これより神罰を執行する――!!」


 そして、一呼吸をおいてから『バルトアンデルス』のパイプオルガン型言語兵器による無音の長距離砲撃を開始したのだった――


    ♤


 気がついて目を開けると、見知らぬ天井が見えた。


 ――ここは……?


 起き上がろうとすると身体のあちこちが痛むものの、動けないほどではない。


 ひと息をついて周りを見渡すと、どこかの部屋のようだった。

 必要最低限の家具だけが置かれていて窓は無く、暖房は見当たらないが不思議と暖かい。

 出入り口は扉がひとつで、閉まってはいなかった。


 なぜだか落ち着いて安心できる雰囲気もある。


 改めて自分の身体を見ると、衣服がはだけていて丁寧に傷の手当てが施されていた。


「――俺はたしか、黒い神鎧アンヘルと闘っていたはずだが……」


 記憶をたどって疑問を口にしようとすると。


「……ここはわたくしの住んでいる部屋です。」


 聴き慣れた声。

 開いたままの扉の部屋の向こうから最愛の少女が姿を見せる。


 ――いや、それは間違いだった。


 左肩に禍々しい紋様と十字が組み合わされた印章のあるコート。

 クランに見紛みまごうほどそっくりな瞳の蒼い少女、エノテリア。

 その佇まいに俺は困惑していた。


「クラン――いや、エノテリア。君は一体何者なんだ?」


 何かを話していないと心が落ち着かなくて仕方ない。

 言葉の一つでも口にしようとすると、彼女はゆっくりと羽織った巫女神官のコートと服を脱ぎだした。


 陶器のような白い肌が露わになっていき、豊満な胸まで見えそうになると思わず目を逸らす。


 そして、おもむろに俺へと近づくと首の後ろに腕を回して抱きついてきた。


 反射的に半裸の彼女の腰を抱いてしまったのは、エノテリアがクランと瓜二つだったからだろうか。

 そのまま二人は抱き合ったまま、唇を重ねてベッドに倒れ込んだ――


    ‡


 わたくしはこの時をずっと待ち望んでいました。


 離れ離れとなった愛するあの人と、こうして再び抱き合えるこの時を。


 ――言葉はもはや必要ありません。


 はやる気持ちを抑えて、時間をかけて彼と唇を重ねました。


 わたくしは彼に優しく抱きしめられ、躰をまさぐられていきます。

 やがて、わたくしの弱いところに触れられると、思わず熱くなった吐息を漏らして彼の首筋に噛みつきます。


 はやく。


 はやく繋がりたい。


 時間を忘れて。


 二人の躰が溶けて一つになってしまうように。


 心と躰を埋めてしまえるくらいに――


 わたくしは彼の躰に手を這わせて、ある物に触れました。


 ……それは血に濡れた、円と十字を組み合わせたロザリオでした。


 彼がそれに気づいてロザリオとわたくしの手に触れたその時、目も眩むほどの光が部屋の中を満たしていきました――

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