黒い神鎧

    ♢


 私は北東部の兵士達を一分隊ほど引き連れて、旧市街地の高台へと移動をしていた。


 神鎧アンヘル『バルトアンデルス』のパイプオルガン型連装砲による長距離砲撃を行う為だ。


 すでにクランフェリア達の戦闘は始まっていて、白い巨像の神鎧アンヘルが前線へ向かっているのが見えた。


 旧市街地のあちこちで爆発が起こり、土煙が舞い上げられて建物が崩れていく。

 見えないところで北東部の兵士達と異教徒共による激しいゲリラ戦が繰り広げられているのであろう。


 こちらの動きを敵に察知されないよう慎重に進みながら、三時間ほどかけて高台の広場に到着する。

 広場の中央にはいくつかの彫刻像とともに噴水があり、近くには大きな劇場もあった。


 我々は劇場を拠点として設営を始めた。

 私の神鎧アンヘル『バルトアンデルス』は十数メートルほどある白い大蜘蛛型であり、日の高いうちは目立ち過ぎてしまうのだ。

 それゆえに長距離の砲撃作戦は夜間に行なわれることになっている。


 周囲を警戒しながら時間が経つのを待ち、同様に目下もっか続いている同胞達の武運を私は祈っていた。


    ♤


 俺は黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』と対峙していた。


 旧市街地の外壁に囲まれた廃民家が建ち並ぶ一角まで追い込まれ、逃げ続けるのはもはや限界だった。


 度重なる黒い神鎧アンヘルの攻撃によって廃屋の一つに吹き飛ばされた俺は大剣を杖に立ち上がる。


「なぜ……俺を狙うんだ?」


 無論、問いかけたところで答えは返ってこない。

 黒い神鎧アンヘルは影をまといながら体躯を二メートルほどまでに変えて、俺と向き合った。


 その物言わぬ人型の姿は、前に闘ったラクリマリアの神鎧アンヘル『ファーデルメイデン』を想起させる。

 だが、何処どこかが決定的に違っていた。


 それは黒い鎧装の中に誰かがいるかのような、そんな気配を感じている。

 そういぶかしんだところで、『ザルクシュトラール』は動きだした。


 超人的な瞬発力でこちらに駆け、拳を振りかぶる。

 俺は大剣を保持したままで上体を逸らしてかわし、反撃の掌底を腹部へと打ち込む。


 黒い神鎧アンヘルはわずかによろめくも、直ぐに体勢を立て直して鋭い蹴りを放つ。

 それを傍らの大剣で受け止め、もう一度掌底を繰り出すが今度は逆に腕を取られそうになる。


 咄嗟に手を引き、激しい取っ組み合いになると違和感はより強くなった。

 俺の攻撃を次々と的確にさばき、苦手な仕掛けを繰り出してくる。


 ――なんだ、この動きは……!?


 神鎧アンヘル『ファーデルメイデン』は俺の思考を読むかのような動きだった。

 しかし、この黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』は俺の動きをかのようだ。


 そして、拮抗きっこうした格闘戦は膂力りょりょくの差によって身体ごと投げ飛ばされてしまう。


 部屋に残った家具や小物を打ち飛ばしながら壁に叩きつけられ、その痛みにうめいた。

 まるで自分自身と闘っているかのような錯覚すらあった。


「ぐう……まずいな。このままでは……」


 大剣の力で身体能力が強化されているとはいえ、ずっと顕現させてはいられない。

 どうにかしてこの場を切り抜けて、クランの元へと戻らなくては。

 ――そう思い、黒い神鎧アンヘルに目を向けた時だった。


 視界の端に綺麗な亜麻色の長い髪をした小柄な少女が現れた。

 俺は愛するその姿に思わず気を取られて。


「――クラン……っ!」


 腹部に強い衝撃を受けて気を失った――


    †


 わたくしは困惑とともに焦燥に駆られていました。

 目の前で突然に黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』がヒツギ様を襲い始めて。

 しかも、未だ銃弾の飛び交う戦場で離れ離れになってしまったのですから。


 彼の姿を見失ってから、すぐにでも追いかけようと考えました。

 けれど、ここは戦場の最前線。

 再び前方の異教徒からの砲撃や隠れ潜む敵の攻撃が始まり、自分の身を守ることで精一杯になります。


 後方からの味方である北東部の兵士達はまだ十分に集まってはおらず、このまま戦線から離れるわけにはいきません。


 わたくしは巨像の神鎧アンヘル『バルフート』の右手の上で四枚の大きな肩部装甲や近接防御火器に守られながら、瞳を閉じてあの人の無事を手のひらを組んで祈ります。


「主よ。どうか彼に加護を――わたくしの最も愛する方を守護まもりください……」


 ゆっくりと目を開けると『バルフート』へ語りかけました。


「『バルフート』……わたくしの想い――受け取りなさい!」


 白い巨像の神鎧アンヘルは鎧装に覆われた素体部を紅く発光させて変形し、その神力を遺憾なく発揮します。


 わたくし達の長い一日はまだ始まったばかりでした――

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