戦闘開始

    ♤


 前線はすでに地獄のような状況だった。


 そこら中で連続した銃声や爆発音が響き、敵も味方も入り乱れた抱擁戦を行なっている。

 俺は大剣を顕現させて傍に浮かせつつ、片手に自動小銃を構えていた。

 大剣を呼び出している間は人並外れた身体能力を発揮でき、周囲のあらゆるものを感知する。


 クランは白い巨像の右手に乗り、花弁のような肩部装甲の一つに守られているので心配はないだろう。

 そして、その肩部装甲にある近接防御火器で周囲の敵を識別、射撃して進んでいる。

 彼女を護衛しながら隠れ潜む異教徒達と弾丸を撃ち合っては、腕や足を斬って戦闘不能にしていく。


 後方からは軍の兵士達が支援の為の援護射撃、負傷した異教徒達を次々と捕縛していった。

 しかし、連隊を相手にしているだけあって敵の数があまりに多すぎる。



 小銃の弾倉を換えつつ『バルフート』と先行していると、別の方角から巨大な砲丸のようなものが降ってきた。

 廃墟の建物一つを丸々破壊したは、瓦礫の中から姿を現す。

 三メートルほどの漆黒の神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』だ。


 黒い神鎧アンヘルは空気を震わすほどの咆哮を上げると物凄い勢いで異教徒達へと突撃していく。


 敵の銃撃に真っ向から突っ込んでは容赦なくぶん殴り、人の身体が風船のように破裂した。

 また、異教徒を捕まえては銃撃の盾にしたり、振り回して肉塊へと変えていく。

 次から次へと襲いかかっては薙ぎ払い、暴れ回る姿はまるで猛獣――いや悪魔のようだった。


 当然のことながら猛烈に襲い来る『ザルクシュトラール』は優先すべき標的として攻撃を集中される。

 しかし生半可な銃撃は弾く上に、ロケット弾などの強力な攻撃を当てても、球体状の防護壁を即座に展開して傷一つ負うことはなかった。


 俺はクランとともに呆気にとられていると、黒い神鎧アンヘルは敵を求めて構わず突き進んで行ってしまった。


「わたくし達も続きましょう。あなた様。」


 クランが『バルフート』の右手から顔を出して言った。


「あ、ああ。そうだな――それにしても、たしかにこれは気にするなと言うだけのことはある……」


 六位巫女神官、エノテリアが単独で行動する理由を理解した。

 宿主がどこにいるのかは分からないが、神鎧アンヘルがこれほどまで遠隔で自由に動けるとは。

 今まで見てきた神鎧アンヘルとはまた、見た目も能力も異なっていた。



 そう考えているうちに目的としている大きな鉄橋が見えてきた。

 すでに黒い神鎧アンヘルが暴れた後なのだろう。人はもちろん、装甲車や戦車の残骸がそこらに散らばっていた。

 橋の向こう側では敵大隊の一部が砲撃を行ない、こちらの周辺の建物は崩壊して瓦礫の山と化していた。

 鉄橋の保有権は死守しないといけない。


「――血算起動……!」


 クランは『バルフート』の武装を展開させると、背部のカチューシャ砲で反撃を開始した。

 次々とロケット弾を発射して遠く離れた敵に爆撃する勇姿がなんとも頼もしい。

 さらに橋の正面に立つと左腕の三連大型機関銃で掃射を始める。


 さすがにこれは堪らなかったのか敵の攻撃が中断された。

 立て直すために一時的に戦線を下げたのか。

 しばらくの間、撃ちっぱなしにしていた『バルフート』が砲撃を止めた。

 大剣を召喚回帰させてから、クランへ声をかける。


「クラン、無理はするな!味方が到着するまで持ち堪える必要がある!」


 彼女は白い巨像の右手の隙間から顔を出すと小さく手を振った。

 と、そこに黒い神鎧アンヘルが少し離れた場所に降り立った。


 良かった。

『ザルクシュトラール』も合流したのならクランの負担も大きく減ることだろう。


 そう思った矢先だった。


 黒い神鎧アンヘルは突然に駆け出し、俺に向かって掴みかかってきたのだ。


「……っなんだ!?」


 咄嗟に横へ飛んで回避したものの、『ザルクシュトラール』は俺の姿を捉えて動き出す。

 執拗に捕まえようとしてくるが、次第に動きを止めるための攻撃へと変わる。


「あなた様っ!?」


 頭上からクランの声が聴こえた。


「クランっ!俺のことは気にするな!君はここで待っていてくれ!」


 それだけ伝えて、俺は路地裏へと走り出す。

 なぜ『ザルクシュトラール』は俺を狙うのか。

 理由は分からないが一度この場を離れた方がいいと判断した。


 黒い神鎧アンヘルは明らかに誘導するかのような攻撃を繰り返し、路地の奥へと追い込まれていく。

 しかし、迂闊うかつに反撃をするわけにもいかない。


 こうなってしまっては、黒い神鎧アンヘルの宿主であるエノテリアを探す他なかった。

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