作戦本部にて

    ♤


 軍事施設の作戦本部へ到着すると、兵士の一人が奥の部屋に案内をしてくれた。

 そこには兵士達の指揮官と思われる男と二位巫女神官ヴァリスネリア、その補佐官のシスターの三人が待っていた。


「やあ、来てくれたか。急な連絡ではあったが早い到着で助かるよ。」


 ヴァリスネリアに視線を向けられる。

 長身痩躯そうくで黒髪の彼女は左肩にダイヤと十字を組み合わせた印章のある巫女神官用コートを着ている。


 お互いに視線を合わせたところで、俺達が入ってきた通路とは別の扉から六位巫女神官エノテリアが補佐官のシスターとともに姿を現した。


「お待たせしました。話を始めましょう。」


 淡々とした口調で促すエノテリア。

 彼女は左肩に禍々しい紋様と十字の印章がある巫女神官用コートを羽織り、黒い修道服に顔を隠せる薄いベールを被っていた。

 顔はよく見えないが、亜麻色の髪を複雑に編み込んでまとめているようだ。

 背格好はクランと同じで、スタイルもほぼ変わらなくに見える。


「うむ。まずは現在の状況について説明をしよう。」


 ヴァリスネリアは兵士の指揮官に目配せして、部屋の真ん中にあるスクリーンへ街の地図を映し出した。


「これは宗教国家都市北東部の地図だ。敵は一個師団と三連隊のおよそ三万から四万の兵で構成されていると思われる。」


 思った以上に規模が大きい。

 紛争どころか戦争そのものだ。

 俺一人が立ち回ってどうにかなるレベルではない。


「北東部外縁は流域面積の広い河川により分断されているが、敵は川にかかる数ヶ所の橋を越えて工業地区へ侵攻している。その手前の旧市街地で攻防戦が始まっている。」


 市街地でのゲリラ戦か。

 以前の南東部礼拝襲撃事件とは桁違いではあるが、クランの神鎧アンヘル『バルフート』がいれば撃退も可能だろう。

 神鎧アンヘルの十メートル以上の巨体はあらゆる攻撃が通用しない。

 四基の近接防御火器に三連の大型機関銃やカチューシャ砲の強力な武装に加えて、弾薬などの補給も必要としないのだから。


 そしてヴァリスネリアの神鎧アンヘル『バルトアンデルス』は周囲の音を吸収して無音にし、音もなく一方的に敵のみを文字通り消滅させる連装砲を持つ。


 運用は宿主に大きく依存するとはいえ、神鎧アンヘルの振るう神力が国家防衛の戦略兵器となるのも当然の話だ。


 今回、俺に出来るのはやはりクランを守ってサポートすることだろう。


 そう思い彼女を見ようとすると、エノテリアと視線が重なった。

 ベールに隠されて表情は分からないが確かにこちらを見ている。

 心が騒ぎ始めるのを感じて落ち着かなくなる。


「……あなた様?」


 クランが俺の袖に触れて小首を傾げていた。

 つい、近づいた彼女の腰に手を回してしまう。


「も、もう。あなた様ったら……今はいけません。こういう事は二人っきりの時に……」


 クランは小声でたしなめつつ、チラチラと周りを気にし始める。


「ん、どうかしたのかね。クランフェリア、ヒツギ君。」


「……ああ、いや。何でもない、続けてくれ。」


 怪訝な顔で訊ねるヴァリスネリア。

 頬を染めてもじもじするクランの背を撫でてやりながら、平静を装って話を促す。


「……まあいい。君達には戦略的に重要な鉄橋付近で交戦中の一連隊を掃討してもらうことになる。エノテリアもサポートに加わるので、そう難しい作戦ではない。」


 陣形的に見れば旧市街地の大通りから進み始め、一番大きな橋に向けて正面から押し返す形だ。

 当然ながら、激しい戦闘が予想される最もきつい役目となる。

 クランを守りながら、進撃の負担にならないように敵を排除しなくてはいけない。


「私は全体を指揮しつつ、敵本隊である一個師団へ長距離射撃を行う。北東部の軍もそれぞれに随行ずいこうして支援をする。全ての異教徒共に神罰を執行せよ、以上!」


 ヴァリスネリアは勇ましく声を上げて、その場は解散となった。


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