決闘
♤
普段のおっとりとした彼女とはまるで別人だった。
二人の間に言い知れぬ緊張感が漂い始めた。
――背筋が焼けつくようだ。
まさに生死を賭けた決闘が始まろうとしている。
「貴方はクランの優しい心に甘え、その子の躰を情欲のままに貪り過ぎている。クランフェリアの
ラクリマリアに明確な殺意を向けられ、思わず大剣を顕現させて手に掛ける。
すると、背後からクランが声を上げた。
「あなた様っ!彼女と――ラクリマと闘ってはいけません!!」
いつになく大きな声で訴えるクランに驚きつつ、対峙する女性の気迫と向き合う。
「クラン、危ないから下がっていてくれ!」
ラクリマリアは右手の薔薇を口元に当て、左手の剣の切っ先で×と十字の印を切った。
「――示しなさい、貴方の守るべき尊厳を!」
彼女の頭上から四本の大剣が輪になって顕れ、地に突き刺さる。
その中心から二メートルほどの甲冑を纏った人型の
勇壮な白い騎士の
以前、大聖堂での神鎧お披露目で目にした
「ええ、その通りよ。ようやく貴方と闘えるんだもの。決闘はフェアでなければ、つまらないでしょう?」
ラクリマリアの翠の瞳が輝く。
――まるで俺の思念が読まれているかのようだ。
「――『血算、起動』!!」
重厚な鎧装に包まれた素体部が翠に発光して、手にしていた細身の大剣を振り
その背に浮かぶ四本の大剣が、俺と白い騎士を囲むように四方へと飛び、大きく円を描く。
直後に
見た目以上に機敏な動作でこちらへと踏み込んでくる――!
俺は大剣――
――が、騎士の
甲高い金属音とともに風を切ると即座に斬り返す。
しかし、それも難なく受け止め、距離を詰めてくる『ファーデルメイデン』。
身体を捻るようにして飛び退くと、紙一重で白い騎士の斬撃を
一瞬でも遅れていたら上体を大きく斬られていただろう。
避けるには近過ぎて、受けるにも体勢が悪いはずの攻撃だ。
けれど、やはり空を切った。
刃に触れるギリギリを流れるような動きで
突きの勢いのまま懐に飛びこんで、転がり起きた。
振り向き様に無意識で
立ち位置が逆になって、再び騎士の
「――やるじゃない。良い勘をしているわ。『ファーデルメイデン』の攻撃を二回も受けるなんて。」
ラクリマリアは軽く言うが、正直かなり厳しい状態だった。
だが、こちらの攻撃が一切当たらないのだ。
――大剣のぶつかり合う金属音が場内に響く。
常に心を読まれているかの如くに攻めては避けられ、
「ラクリマ、もうやめてください!こんなことは無意味です!」
視界の隅にクランが見えた。
『バルフート』を召喚回帰したらしい彼女はラクリマリアの傍で闘いを止めるよう訴えている。
「わたしは自分の役目を果たしているだけよ。それにこれは貴女のためでもあるの、クラン。その神聖な心と美しい躰は安易な色欲に委ねられてはいけないものだった。」
幾度目かの
「俺は彼女を……クランを慰み者になど、してはいない。」
「男達はいつだってそう言うわ。そうして
騎士の
人の数倍の感覚を持ってしても大剣で防ぎながら避けるのが精一杯だった。
「貴方が愚かな男達とは違うのだと……
白い騎士の刃が首にかすめたところを
「それでも、本当にクランフェリアのことを想っているのなら――このわたしの
騎士の
――避けることは出来ない……!!
刹那、反射的に利き腕の右手で左肩を庇い、右腕が大きく裂かれた。
血が噴き出して激痛が走る。
「――あなた様っ!!」
クランの叫び声が聴こえた。
俺は上着の左肩――クランのシンボル、円と十字を組み合わせた印章を握りしめる。
これだけは絶対に傷つけさせてはいけなかった。
「……俺は約束をした。ずっと一緒にいる、と。彼女を守る剣になると心に決めた。」
ラクリマリアは静観しつつ、『ファーデルメイデン』に距離を取らせて、さらなる攻撃体勢に入る。
「俺は――クランを愛しているからだっ!!」
常人を遥かに超えた身体能力と勢いで飛び出し、無心で騎士の
白い騎士は気圧されることなく的確な突きで応戦してきた。
その一撃は確実に俺の心臓を貫くだろう。
俺は直前でしゃがみ込むように止まり、身体を捻り回して
大剣同士が打ち合い――騎士の
そして、そのまま一息に『ファーデルメイデン』の首を刈るように横薙ぎにし――
寸前で刃を止めた。
場内は静まり返って、風だけが穏やかに吹き抜ける。
「――どうして、剣を止めたのかしら。」
ゆっくりとラクリマリアが口を開く。
彼女の左手に握っているレイピアが震えていた。
「……
「……わたしの負けね。貴方の魂は、あの子と並ぶに相応しい器を持っているわ。」
ラクリマリアが大きく息をついて、そう告げる。
「……あなた様っ!!」
決闘の行方を見守っていたクランが駆け出した。
最愛の少女は小走りの、そのままの勢いで俺に抱きついてくる。
支えるように左腕を回して柔らかな躰を受け止めた。
「あなた様、ご無事でよかったです。わたくし、どうなるものかと心配でなりませんでした。」
声が震える彼女に優しく話しかける。
「ごめんな、クラン。もう大丈夫だ。」
目に涙を溜めたクランと見つめ合うと、しっかりと腕を首に回されつつ、キスをされた。
しばしの間、ふんわりとした優しい匂いに包まれていた――
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