本質
♤
俺はクランフェリアと対峙した。
彼女は白い巨像の
「もうやめるんだ、クランフェリア。こんなことは、ただの虐殺だ!」
大剣を地面から抜いて宙に静止させる。
「あなた様、落ち着いてください。これはわたくしにとって為すべき使命なのです。」
クランは焦りに似た口調で話す。
彼女の為すべき使命。
それは人々を守り、救済することではなかったのか。
目の前で行われた――周囲のこの惨状に疑念が生まれてしまう。
「君はこんな事をするような女の子ではないはずだ。俺の知っているクランは……!」
「わたくしは、わたくしです。身も心もあなた様に捧げた、
大剣に手を掛けようとして留めた。
クランに刃を向けたくはない。
しかし、彼女の凶行は止めなくてはならなかった。
「目を醒ませ、クラン!俺は君と戦いたくはない!」
クランは俺の目を見つめて続ける。
その表情には不安が色濃く表れていた。
「わかっています。わたくしもあなた様と戦うつもりはありません。きちんと話し合えば分かってくれると信じています。」
彼女の言葉と裏腹に
クランは間をおいて語りかけてきた。
「あなた様、よく聴いてください。わたくし達の信仰する聖なる教とは何なのか。その本質を。」
聖なる教。
クランやヒルデ、パフィーリア達が巫女神官として祀り上げられ、信仰を掲げる宗教。
彼女達について、俺にはまだ知り得ぬことが多かった。
「――あなた様はなぜ聖なる教のシスターの最高位、七人の巫女神官のシンボルである
彼女達が祈りを捧げる時、必ず専用のシンボルの十字を切っていた。
クラン達の聖堂の西正面、トレサリーに刻まれた専用の十字印章。
俺の着ている補佐官のコートの左肩にも、円と十字を組み合わせたクランのシンボルが刻まれている。
「――それは七人の巫女神官が、みなそれぞれ異なる信仰思想を掲げているに他ならないからです。」
目の前のクランはもちろん、脳裏にヒルデやパフィーリアの顔が浮かび上がる。
後ろにいる異教徒の生き残りを含めて周囲の警戒を怠らず、彼女の話を聴き続けた。
「――聖なる教はあらゆる信仰、思想を受け入れます。それは神の子と祭り上げられるパフィーリアや独特な信仰形態を持つヒルドアリアをみればわかるでしょう。中央部の大聖堂には巫女神官すら存在せず、偶像崇拝も禁止されています。それでは巫女神官とは何か。異教とは何なのか。何を
「――まず異教徒が異教徒たる
「――そして巫女神官とは、聖なる教の三位一体である父なる神たる主の下に集い、天使を
「――わたくし達の宗教国家の聖なる教。その歴史は戦いの歴史でもあることはあなた様もご存知のはずです。けれどそれは決して矛盾してはいません。あくまでも国家防衛のために、過度な侵略国家への
「――あなた様。全ての命は等しく尊いものなのです。わたくし達も異教徒達もそれは変わりませんし、等しく罪を負っています。わたくしは巫女神官……
俺は彼女に大きな誤解をしてしまっていた。
いつでも俺を信頼して、想ってくれる大切な女の子に。
ほんの少しでも疑念を抱いてしまったことに罪悪感が生まれた。
「……君のことを何もかも分かっていた気になっていた。」
クランは慈悲を感じる表情で穏やかに語る。
「――それは間違いではありません。あなた様がわたくしの心と躰を全て理解しているように。わたくしもあなた様のことは分かっています。ヒルドアリアやパフィーリアの心を奪い、懇意にして可愛がっていることも。あなた様の持つ血に濡れたロザリオと大剣の力を通して、全てわたくしに伝わっています。」
懐からクランのシンボル――円と十字を組み合わせた血に濡れたロザリオを取り出して眺める。
「――それでも最後には、いつだってわたくしの元へ戻り一番に想ってくれます。そして色々なことを教えてくれました。あなた様がわたくしの心と躰に。海よりも深い愛と、天にも昇る悦楽を刻んでくれたように。だからこそ、今度はわたくしが差し伸べる番です。」
彼女の瞳が紅く輝く。
「わたくしがあなた様を正しき道へと導きます。」
クランはゆっくりと
「さぁ、この手を取って。あなた様はこれからもずっとわたくしとともに聖なる教を支え、宗教国家の礎を築きましょう。そして、わたくしとの幸せな未来も一緒に。」
俺は彼女を想うあまりに、もはや何も反論することは出来なかった。
大剣を召喚回帰し、目の前の後光を背負う少女の手を握る。
「クラン、すまない。俺はもう君を疑うようなことはしない。」
クランは俺の手を優しく握り返し、もう片方の手を大きな胸に当てて微笑んだ。
「嗚呼、やはりあなた様はわたくしの運命の殿方です。懇切に話しをすれば、必ず理解していただけると信じていました。」
その直後、俺の後ろにいた異教徒の首が刎ねられた。
即座に振り向くと――そこには右手に薔薇を、左手に剣を持ったラクリマリアが立っていた。
異教徒の血を払い、俺と一定の距離をとるようにゆったりと歩き出す。
「良い話ね。愛する者同士、すれ違う思いを乗り越えて手を取り合う。とても感動的だわ。涙ぐましいほどに。」
優雅な仕草でこちらに振り向いて、剣を構える。
「――でもヒツギ。わたしはやはり貴方を試さなければならないわ。本当にクランフェリアに相応しい男なのかどうかを。」
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