娯楽
♤
クラン達と海へ来て、二日目の朝。
俺は体慣らしの運動のために、一人で海辺へと出ていた。
陽はすでに高い位置にあり、いつもと違う環境で良い訓練にもなった。
パフィーリアは昨日、よく遊び、ご馳走を腹一杯に食べたせいか、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
普段から学生として勉学や巫女神官としての聖務に励んでいるのだから、たまの休息くらいはのんびり過ごしてほしい。
クランはというと、旅先とはいえ――旅先だからこそ男女の営みに燃え上がり、朝方まで致してしまって未だ夢の中にいる。
ひと息をつくために休憩所へ足を運ぶと、そこにはすでに先客がいるようだった。
ラクリマリアはもちろんだが、一緒にいるのはヴァリスネリアとヒルドアリアだった。
三人はお茶会をしながら、何やら盤上遊戯に興じているようだ。
俺は彼女達の元へと近づいていく。
「あら、ヒツギじゃない。一人なんて珍しいわね。クランとパフィーリアはどうしたの?」
ラクリマリアに声をかけられる。
「二人ともまだ部屋で休んでいる。俺は運動がてら浜に出ていた。」
「ふぅん。パフィーリアはともかく、クランがこの時間まで寝ているなんてね。あの子が魅力的なのはわかるけど、あんまり無理させたらダメよ。」
ラクリマリアにはお見通しだったようだ。
「そう言われると返す言葉もない……俺もまだまだだな。」
「己の考えや言動を改めて反省出来るのは立派なことよ。」
ラクリマリアは軽く笑いながら言う。
ヴァリスネリアとヒルドアリアは相変わらず盤上遊戯に夢中だ。
「やあ、ヒツギ君。今ちょうどゲームも面白くなってきたところでね。君もぜひ見ていってくれたまえ。」
ヴァリスネリアが俺に気づいて話しかけてくる。
マス目のある盤上の駒を交互に動かして相手の駒を奪っていく遊戯だった。
相手の戦略予測や対策として感覚を養うために本を片手に勉強した事がある。
「ふむ、ヴァリスネリアが優勢か。しかしヒルドアリアも守りが堅いな。」
「ほう、わかるかね。君とも一局指してみたいものだ。」
茶を嗜みながら余裕をみせるヴァリスネリア。
ヒルドアリアはゲームに熱中して俺の存在に気付いていない。
彼女は考えこんでいたかと思うと、鋭い目つきで駒を差し込む。
相手陣地の奥深くまで斬り込む大胆な一手だ。
もちろん無視するわけにはいかないが、前線が疎かになるとせっかくの攻め手も止まってしまう。
「む。そうきたか。私も集中しなければならないな。」
茶を置いて盤面を厳しく睨んで唸る。
「君も盤上遊戯をするのか?」
優雅に茶を飲んで菓子を口に運ぶラクリマリアに訊いてみた。
「しないわ。わたしは身体を動かす方が好きなの。勝負事なら観るのもするのも決闘がいいわね。」
「決闘?」
ラクリマリアは俺を
「そう。剣を持って一対一で向き合い、命をかけて闘うあれよ。」
彼女に剣の心得があることもそうだが、意外な趣味だ。
「張り詰めた空気の中で身を焦がすような気迫をまとい、一心不乱に相手を攻め倒す。わたしにとって至高の娯楽だわ。」
「娯楽にしては少々物騒だな。怪我どころか命を落とすことだってあるだろう。」
「当然ね。だからこそ守るべき尊厳と生の尊さを実感できるの。」
俺もやむ無く剣を振るう事はあるが、なかなか理解するのは難しそうな話だった。
「貴方ともそのうち剣を交えてみたいものね。だいぶ腕が立つようだし。それとも貴方の場合、男女の営みの方がお好みかしら?」
「どうしてそこで男女の営みが出てくるんだ。」
突拍子もない話題についていけなくなる。
「どちらも似たようなものだからよ。愛し合うか殺し合うかの違いでしかないの。」
どこか憂いを帯びた表情で茶を飲み干すラクリマリア。
それはきっと彼女の生き様や信条の表れなのだろう。
「どちらにせよ遠慮しておく。俺の命に価値はないが、守るべきクランがいるからな。」
「クランフェリアを大切に想うのなら自分を
「肝に銘じておくよ。」
俺と彼女には掲げる尊厳に差があるのか、どうにも敵わない気がした。
「やった!勝ちましたっ!」
そこで
どうやらヴァリスネリアとヒルドアリアの盤上遊戯に決着がついたらしい。
盤面を見るとかなりの接戦だったらしいが、ヒルドアリアの奇襲が功を奏したようだ。
「やれやれ、今回は勝てると思ったのだがね。流行りの戦術も付け焼き刃では上手くいかんな。」
「あの流行り形は手が早く攻撃的ですが、相手が守りに徹してしまう形だと決め手に欠けるんです。今はまだ新しい形なのでとても有効ですが、手を間違えずに守られてしまうと、逆に不利になるので注意が必要ですね。守りや他の攻撃筋を並行すると手の早さが活かせませんし、安定した打ち筋は要研究です!」
早口で解説をするヒルドアリア。
「なるほどな。私の得意とするスタイルではないから、戦法の一つとして覚えておこう。」
「感想戦はしますか?それとももう一局指しますか?」
駒を集めながら話す彼女に声をかける。
「おめでとう、ヒルデ。良い勝負だったな。」
「ご、御主人様!?――あ、いえヒツギさん、いつからそこに!?」
ようやく俺の存在に気づいたようだ。
驚くヒルデは可愛らしく、わたわたと身嗜みを整え始めた。
「対局でヒルデが奇襲をかけたあたりからだ。やはり頭を使う遊戯は得意なんだな。感心したよ。」
「えへへ、なんだか照れますね。」
赤面してお下げをいじりながら目を泳がせているヒルデ。
「せっかくだ。一局指そうではないかヒツギ君。座りたまえ。」
給仕の補佐官に茶を注がせながら言うヴァリスネリア。
「ヒツギさん、がんばってください!応援してますから!あ、こちらにどうぞ。温めておきました!」
不思議な言い回しで席を譲ってくれるヒルデ。
彼女に熱い声援をもらってはやらないわけにはいかない。
「対戦するのは初めてだが、善戦しないとな。」
軽く肩をすくめて席に着く。
ほんのりとヒルデの温もりを感じた。
つい彼女を見つめると、にこにこと笑顔で俺の隣に控えるのだった。
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