休息

    ▱


 あたしとパフィーリア、そして(未来の)御主人様のヒツギさんは海辺でボール遊びに興じていました。

 高くボールを打ち上げては波を蹴って追いかけ、落とさないように打ち返す。


 少し暑いくらいの気温ですが水温はとても冷たく、それがまたこそばゆい感じで何とも言えません。


「ヒルデっ、いっくよぉ!」


 パフィーリアが全身をバネにして、思い切り高くボールを打ち上げます。


「ええぇっ、ちょっと待ってくださいって!」


 豆粒のようなボールを目で追いかけつつ、走っていると。


「ヒルデ、気をつけろっ!」


 不意に御主人様から声がかけられました。


「ふえっ?……んきゃああぁあっ!」


 直後に背中から波に押されて倒れそうになります。

 いつの間にか太もも辺りまでの深さに来ていて、全身に冷たい海水を浴びてしまいました。

 ふらふらと浅いところで膝をつくと頭にボールが直撃します。


「ふにゃっ!?」


 柔らかく軽い材質なので、もちろん当たっても痛くはありません。


「きゃはははっ、ヒルデってばおもしろぉい!」


 パフィーリアは手を口に当てて笑っています。


「大丈夫か、ヒルデ。」


 ボールを片手にあたしを起こしてくれる御主人様。


「はいぃ、ありがとうございますぅ。」


 はぁ、恥ずかしい。


「そろそろ水分を取ろうか。少し休憩をしよう。」


「はぁい、おにいちゃん!ボールはパフが持つから手を繋ごっ――くひひ。ヒルデ、だいじょうぶ?」


 御主人様と手を繋ぎながら、あたしを覗き見ます。


「心配は無用です!あたしは地面の上は少し苦手なだけで、空ならこんなことにはなりませんからっ!」


 全身水浸しでつい負け惜しみを口にしました。


 休憩場所まで戻ってくるとクランフェリアさん達に出迎えられます。

 ヴァリスネリアさんは席を外しているみたいです。


「お帰りなさいませ、あなた様。お飲み物です。」


「ずいぶんと楽しそうにしてたわね。次はわたしも混ぜてもらおうかしら。」


 クランさんは御主人様に、ラクリマリアさんはあたし達に飲み物を手渡してくれました。


「ありがとう、クラン。時間はまだあるだろうから、今度は君も一緒にどうだ?」


つひはなにひて次は何してあそほう遊ぼうかなぁ。ヒルデ、なにかなひ何かない?」


 いつの間にかパフィーリアはカップケーキを頬張りながら訊いてきました。


「顔が小動物になってますよ、パフィーリア。」


 一応、突っ込んでおきます。


「わたくしは……そうですね、少しだけなら。あなた様、一つお願いがあります。」


 そう言って傍の手持ち鞄から何やら取り出すと、おもむろにパーカーを脱いだクランさん。

 白く綺麗な柔肌と目を見張るほどの豊満な胸が晒されます。

 谷間がすごいというか、ビキニがとても心許なく感じるのですが。


「日焼け止めを塗っていただけませんか?」


 背中を向ける、そのたおやかな姿は何とも言えない色気が溢れ出ていました。

 あたしと少ししか歳も背も変わらないのに、この差は何なんでしょうか……。


「あ、ああ。それなら任せてくれ。」


 さすがの御主人様でもクランさんの纏う雰囲気に緊張しているようです。


「ヒツギ、クランの後はわたしにも塗ってくれるかしら?」


 便乗するなんてずるいです、ラクリマリアさん。

 御主人様はマッサージをするようにクリームをクランさんの背中に塗り込んでいきます。


「んふ……んんぅ……」


 ものすごく悩ましげな声を出すクランさん。


 見てるこっちが恥ずかしくなりますよっ!

 そう考えた途端に御主人様の手つきも破廉恥に見えてきて、あたしの頭は沸騰しそうになります!


「パフィーリアっ、見てはいけませんからねっ!」


「ふぁ?」


 あたしは頬を膨らませた小動物と一緒にカップケーキを頬張りました。



 その後、再び夕方までボール遊びをして食事の時間になると、砂浜に大きな鉄網を用意してお肉や野菜を焼きました。


「えへへ。あたし、こういうの得意なんですよね。きっちり焼いてみせますのでお任せください!」


 ――と、意気揚々として食材を並べるものの。


「ねぇ、ヒルデ。もう食べてもいい?」


「焦ってはダメですよ。焼くのも食べるのも順番があるんです!」


 よだれを垂らさんばかりにお肉を凝視するパフィーリアを制止します。


「そんなに気にしなくてもたくさんあるわよ。これなんか良さそうね。」


「あっ、それほとんど生です!だめですってば!」


 勝手につまみ食いをするラクリマリアさん。


「ここから先は全て私のものだ。」


 野菜で謎の仕切りを作って焼き始めるヴァリスネリアさん。


「クラン、野菜ばかりではなくて、肉も食べるといい。」


「はい、あなた様……あむ……」


 サラダをつついていたクランさんは、あろうことか御主人様の差し出したお肉を直に口へ含みます。

 羨まし過ぎる所業に目を奪われました。


「むぐむぐ……こっちのお肉ももうだいじょぶそう。」


 気がつけば焼いた肉を端から食べ始めていたパフィーリアが、少し離して焼いていたお肉にまで手を伸ばします。


「それはあたしのお肉ですぅううぅっ!」


 陽が沈む砂浜にあたしの声が響くのでした。

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