問答

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 わたしは果物のカクテルを片手にビーチチェアへ寝そべり海を眺めた。

 海辺でボール遊びに戯れる少女二人とヒツギの姿が目に映る。


「パフィーリアはすっかり快復して何よりだ。事件の一報を受けた時はどうなるものかと思ったが、上手く立ち回ったようだな、ラクリマリア。」


 ヴァリスネリアが本を片手に言った。


「大した事はしてないわ。もともとあの子も気にかけていたし、わたしは自分の役目を果たしただけよ。」


 カクテルを口に運ぶと不意にクランフェリアと目が合う。

 彼女はじっとこちらを見ていたが、すぐに海辺で遊ぶ三人へと目を向ける。

 いいえ、視線の先はヒツギかしらね。


 わたしの役目の一つは巫女神官に仕える補佐官に対する審問だった。

 補佐官が自分の職権を悪用しないか、巫女神官を私欲の為に利用をしていないか判断し処遇する。

 それには人の心をことが出来るわたしの力が正に適していた。


 南西部神鎧アンヘル騒動の際、パフィーリアの補佐官をした結果、わたしの神鎧アンヘルによってその首をねた。

 その事実を知る人間はいないし、話すつもりもない。


「そうか。ならば引き続き聖務を全うしてもらうとしよう。」


 ヴァリスネリアはそれだけ言って本に目を落とす。


「……しかし、ヒツギ君は不思議な男だ。パフィーリアの件もそうだが、以前見せてもらった大剣は私達の神鎧アンヘルにとてもよく似た力の流れをしていた。あれから彼の記憶は戻ったのかね。」


 何気ない口調の向かう先はもちろんクランだ。


「いいえ、まだです。けれど何も心配はいりません。あの人はこの国と聖なる教、そしてわたくしのために忠誠と力を尽くしてくれています。それはこれからも変わることはないでしょう。」


 淡々と話をする彼女だが、有無を言わさない圧が込められている。

 ヴァリスネリアは本をめくりながら口を開く。


「補佐官との信頼関係はとても重要だ。もちろん我々の間にも。巫女神官が神鎧アンヘルという強大な神力を持つ以上、宗教国家を支えるその均衡は崩してはならない。聖なる教の守護の象徴であり、同時に敵性国家に対しては絶対的な脅威であるべき存在。孤高であり、運命共同体である私達の背負う十字架を常に忘れてはならないのだ。」


 師として、同じ巫女神官としてヴァリスネリアはクランとヒツギの関係に危惧の念を抱いている。


 清楚な少女が彼を恋人だとは公言していないが、『神鎧アンヘルの力』がそれを物語っていた。

 クランの神鎧アンヘルは彼の現れた生誕祭の頃から急激に強まっていて、それは今この瞬間ですらそうだった。


 ビーチで楽しげに遊ぶ少女二人と青年を見つめる紅い瞳。

 その奥にある感情が『神鎧アンヘルの力』を生み出している。


 だからといって、わたしがヒツギをして処遇するには難し過ぎた。

 彼がこの国や聖なる教の為に尽力しているのは確かで、何よりクランを大切にしている。


 もし彼がいなくなり、クランの神鎧アンヘル『バルフート』がパフィーリアの神鎧アンヘル『クインベルゼ』のように暴走すれば、その被害は南西部の比ではないだろう。

 かつて先代の三位巫女神官が『バルフート』の特殊な爆弾で、隣国の都市一つを焦土と化したように。


「わかっています。わたくしは主の御心のままに。あの人は主と神鎧アンヘルと聖霊の名の下に導いているのですから。」


 ここでの問答はこれが限界だった。

 多くを語って踏み込めば、互いの信頼関係に歪みが生じるでしょう。


「さて、それでは私も少し泳いでくるとしよう。」


 ヴァリスネリアは本を閉じると片手を上げ、使用人風の補佐官を呼んだ。

 わたしは軽くため息を吐いて肩の力を抜く。


「陽は暑いけれど、海に入るにはまだ冷た過ぎるわ。別荘の近くにプールがあるから案内させましょう。ついでに夕食の支度を始めてもいいわね。」


 傍にいた自分の補佐官に指示をして、わたしはカクテルを飲み干した。

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