寝覚めの朝

    ▱


 その日は朝から天気が良く、日の光が柔らかく寝室に差し込んでいました。


 あたしはゆっくり目を覚まし大きく欠伸をします。

 ……眠い。


 あたしは思考する。

 眠気が抜け切らないせいか頭の中の処理が遅い。

 ……そういえば今日はお休みでした。

 新しい年を迎えて数週間、山場は越えたもののまだまだ細かな祭事に奔走する日々を送っていました。

 昨日も夜遅くに帰ってきてお風呂に入ると、寝巻きも着替えずに床に着いたのを思い出します。

 貴重な休日なんですから大人しく二度寝しないと勿体ないですね。


 暖かい日差しを浴びながら再び布団へ潜り込むと微睡まどろみに沈みます。

 いよいよ気持ちよく眠りに落ちる、という手前で部屋の扉が叩かれました。


「――四位巫女神官様、起きて居られますか?」


「寝てます。」


 あたしは即答した。


 一瞬の間を置いて部屋の扉が開かれる。

 だから何故だ。


「お休み中に失礼致します。四位巫女神官様宛てに書簡が届いております。それと……」


 聞き慣れた声。

 あたしの口うるさい補佐官だ。


「後で読むからその辺に置いといてください。」


 眠りを妨げられた恨みを語気に練り込みながら言い放つ。


「――なんだ。ヒルデ、寝ているのか。」


 続いて聴こえる大好きな声。


 あたしは思考する前に飛び起きた。

 振り返ると扉の入り口から、あたしの御主人様が顔を覗かせていた。


「ご、ごごごごしゅじんさまっ!!!??!?」


 髪は跳ねて一糸纏わぬ姿で身を起こしていることに気づき、咄嗟に掛布で体を隠します。


「おはよう、ヒルデ。」


 クスリと笑いつつ朝の挨拶をする御主人様。


「三位巫女神官様の補佐官殿が直接、書簡をお持ちになられたのです。」


 淡々と話しながらも、どこか熱っぽい眼差しを御主人様に向けるあたしの補佐官。


 あたしは思考する。

 ――まさか気になるって……嘘でしょう?

 いやそんなことよりも。


「どうして御主じ――ヒツギさんがここに!?」


 髪を手櫛てぐしかしつつ疑問を口にする。


 御主人様は寝室へと上がり、手にした書簡を差し出します。

 あたしは手元のレターナイフで封を切ると手紙を抜き出して読み始めます。


「親愛なるヒルドアリアへ。三位巫女神官と四位巫女神官の親交の証、交流後学の一環として隔週に一度の補佐官交換留学を提案いたします。クランフェリアより。追伸。不要な混乱を招かぬよう、交換の際は補佐官休暇扱いの他言無用のこと、またそれ以外での交流接触はお控え下さい。以上、よろしくお願いします。」


 えっと、これは……?


 あたしは思考する。

 つまり二週間に一度は一日中、御主人様を好きにしていいということなのでは!?

 ――というか、御主人様を貸し出す代わりに裏でこそこそ逢瀬するなって釘を刺されてる気もします。


 そもそもクランさんもあたしも巫女神官の立場上、その補佐官と親密な関係を築いていること自体がまずいのであって。

 今後の恋路の障害になるよりは共犯になれってことでしょうか?


「クランから話をされてな。当面、三人の秘密は共有しようかと思うんだが……」


 そう小声で言って、頭を撫でてくれる御主人様。


「あたしは全然おっけーでしゅうぅううぅっ、ちゅっちゅっ……!」


 雛鳥のように喜んで、反射的に飛びついてしまった。

 あられのない姿で御主人様へ抱きつく様子に補佐官の白い目が刺さりました。

 あたしは、はたと気づいて冷静を装います。


「――こほんっ、お、お話は分かりましたっ。後ほど返事の書簡を用意いたしますっ!」


 あたしの補佐官に聞こえるように、わざと大きな声で体裁を整えます。


 御主人様と顔を見合わせると、どちらともなく笑い合いました。


    ▱


 あたしにとって現実は夢と同じだった。


 あたしには生死という概念が存在しなかった。

 それはこの先もきっと変わらないと思う。


 不死であり続けるということ。

 さながら不死鳥の雛鳥が幼雛ようすうになっても卵からかえらず見続ける夢のように。

 神の無限の愛アガペーと恩寵、をストールのように纏い、信仰とともに悠久の時を流れるように過ごしていく。


 あたしは自分で思っている以上に幸せでも不幸でもないのかもしれません。

 大切なのは、望んだり生きていることに飽きないこと。

 ただそれだけで。


 ――そして、今までと違うことがひとつ。


 あの人に出会えたことによって、あたしの世界は極彩色に色づいていました――

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