愛の形

    ♤


 二人の体が離れ、ヒルドアリアが衣服を整えて座り直した後。

 彼女は大きく伸びをしながら立ち上がり振り向く。


「そろそろ帰ります。」


 クランが帰ってくるまで居たらどうかと告げると。


「クランフェリアさんに悪いですから。」


 あっさりと言う。


「今だって気を使って外してもらっていますし。あたしと御主人様が仲良くすることは、大目に見てもらってるんだと思いますよ。」


 俺はどきりとした。


「それがあの人の業ですから。」


「――どういうことだ?」


 それ以上、彼女は語らなかった。


 俺とクランは恋人同士だ。

 だが、懐いてくれるヒルドアリアのことも粗雑な扱いはしたくない。

 命を助けてくれた恩もあって、こうして二人の時間を作っている。

 それを黙認していることがクランの業なのか。

 目の前に立って並び、俺の手を握る。


「御主人様の恋人はクランフェリアさん。あたしは御主人様のヒルドアリア。ただ、それだけなんです。」


 迷いもなく言い切る彼女。

 だが、どことなく自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


「それにあたしには時間はいくらでもありますからね。」


 ほわっとした笑顔を見せてくれる。

 俺はこの笑顔が好きだった。


「いつか、御主人様があたしだけを見てくれる日が来るのなら……あたしはその時まで待っていますので!」


 ヒルドアリアは背伸びをしてキスを求めてくる。

 どうしたものかと少しだけ迷い、一瞬だけ軽く唇を触れ合わせた。

 彼女の綺麗な紫の瞳と目が合った。


「――御主人様、愛してます。返事はいりません。」


 そう言って部屋から出るヒルドアリア。


「見送りは結構ですから。クランフェリアさんをきちんとお出迎えしてくださいね。」


「――ヒルデ、またな。」


 それだけ言う。

 彼女は俺を見つめて――少し間をおいてから笑顔になり、もちろんですと手を振ってくれた。


 クランフェリアが買い物を終えて帰ってきたのは、それから少し後のことだった。


    †


 街でゆっくりと買い物を終えて母屋へと帰ってくると、あの人が出迎えてくれました。


「お帰りクラン、寒かっただろう。」


「ただいま戻りました、あなた様。」


 荷物を手渡して居間へと上がります。

 ヒルドアリアの姿はなく、既に帰宅した後のようでした。


 コートを脱いでひと息つくと、屈んで荷物を仕舞っているあの人の隣に並び立ちます。

 そして立ち上がろうとしたあの人の首に腕を回して抱きつきます。


「――クラン?」


 わたくしを受け止めて腰を支え、抱きしめられました。


「ふぅ……んんぅ……」


 強めの力に首元へ顔を埋めて声をこらえます。

 ――あの人からは少しだけあの子の匂いがしました。


 しばらく抱き合った後、顔を見合わせて。

 キスをしようとしたあの人の唇を指で止めました。


「今はダメです。」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするあの人。

 そうしてお茶を入れる準備のために離れます。


 ――今くらいはあの子に花を持たせてあげることにしましょう。


 わたくしの中に渦巻く、すっかり魂に馴染んだ黒い感情。

 わたくしの神鎧アンヘル

 いつか魂が解放されて、その力が火を吹く時が来ない事を祈って。


「あなた様、お茶の支度が出来ました。」


 飲み終わったら、家庭菜園の隣に新しく買ってきた花の種でも植えましょう。


 二人でお茶を飲みながら、そんなことを考えていました。


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