想念

    ▱


「さて、それじゃお礼をしないとな。横になってくれ。」


「は、はい!優しくしてくださいねっ!」


 あたしは手早く衣服を緩めていきます。

 なんだかとてもいけない事をしている気分になってきました。


 もぞもぞとベッドへ寝転がります。

 朝早かったからでしょうか、直ぐに眠気が漂ってきました。

 うつ伏せになって大きな枕に顔を埋めると御主人様の匂いが鼻腔をくすぐった。


 あ、これ気持ち良くなるやつだ。

 そんなことを考えていると御主人様はベッドを軋ませながら、あたしの真上に跨ぐように上ってきました。

 緊張してドキドキしてきました!


 大きな手があたしの両肩を掴むと絶妙な力加減で揉みほぐされる。


「凝っているな。実はだいぶ疲れているんじゃないのか?」


 新しい年を迎えたばかりのこの時期、あたしの管理する神殿はとても活発に賑わう。

 一年の振り返りやこれから先への願掛けをするために、多くの民衆が朝から晩まで訪れる。


 寝る間もほとんどないまま役目を果たさないといけないけれど、毎年恒例なので気にしていなかった。

 何よりあたしの神鎧アンヘルにとって神鎧お披露目以上に神力を蓄えられる祭事なのだ。


 ――とはいえ、改めて言われると確かに疲れている気もしました。


「そうですね、今日が休みだとすぐ思いつかなったくらいには忙しかったですから。」


 あたしはリラックスして体の力を抜いて話す。

 肩をほぐされ続ける心地良さにそのまま眠りに落ちそうだった。


「そういうことなら全身しっかり解しておこう。」


 そう言って御主人様の大きな手は背中や腰をマッサージし始める。


「――これは途中で眠ってしまいそうになりますね。」


 両手を枕の下に差し入れて体勢を整えた。

 同じ力加減でもたまに痛みを感じるところもあり、そういう場所は念入りにほぐしてくれる。


「いたたっそこっ、その辺です。」


 目を瞑りながら誘導するように声を掛けます。

 身体から疲れが抜けて暖まっていくのを感じます。

 あたしの補佐官はこんなことしてくれないなぁ、と思いつつ身を委ねていました。


 クランさんはいつも御主人様にこんな夢見たいなことをしてもらっているのだろうか。羨ましい。

 だからあんなにスタイルが良いのかなとも考える。


 そういえば、ラクリマリアさんもよくエステをしに保養施設へ行ってましたね。

 あの人の管轄である南部都市はたしか、大規模な歓楽街になっていたような気がしますが。

 自分のところでは揉みほぐしをしてくれるお店はないのでしょうか。よくわかりません。


「ヒルドアリア。君の神鎧アンヘルのことで訊きたいんだが、いつから自分が不死だとわかったんだ?――答えられたらでいい。」


 少し考えてから口を開きます。


「あたしの神鎧アンヘル発現しました。遠い記憶ですが、母は不死ではない普通の巫女だったと思います。」


 知識として頭に入っている宗教国家北西部の公式記録と照らし合わせて、思い出していきました。


「数百年前、山に囲まれた北西部が大きな噴火に襲われました。あたしは自然災害を鎮めるための生け贄――人身御供として火山に投げ込まれて……それがちょうど十四歳になった日でした。」


 マッサージをしながら静かに話を聞く御主人様。


「けれど、あたしはした――いえ、確かに燃え盛る地獄の焔に躰を焼かれました。死を体験している時、真っ白に揺らめく焔の中であたしは手を差し伸べられた気がして。必死に掴もうと触れた瞬間、神鎧アンヘルとともに焔を纏って再び地上へと降り立ったんです。」


 聖なる教でいうところの煉獄。

 あたしが何十年、何百年と過ごして不幸にも災害や事故、修行の途中で命を落とすたびに必ず辿ってきた場所。


「それからは神の使いとして、巫女神官として、祭祀を執り行なうようになりました。聖なる教はその当時からもありましたが、されるまで他の地域の巫女神官方とは交流もなく独立していましたけどね。」


「今の聖なる教とは違ったものだったのか?」


「基本的な信仰母胎が非常に似通っていたので、争うよりは互いに手を取り合うことを選んだんです。周辺国に敵性の強い宗教が多かった故の生存戦略でもありました。」


 それはまだ神鎧アンヘルが戦闘に使われる前で、北西部や他の地域が次第に交流を重ねて発展する頃の話でした。


 ――あれこれ考えながら、うとうとしていると。


「よし、こんなところか。」


 そんな声が聴こえ、気がつくともう二刻ほど経っていて、あたしの躰をほぐしていた手を離す御主人様。


「え。もう終わりですか?――あの!もう少し触ってていいんですよ?その、お尻とか!」


 そうしてついお尻を振ってしまいます。

 妙にスースーしますが、そういえばあたし、ぱんつ履きましたっけ?


「はは、そこは凝ったりしないだろう。そういうところを触ってしまうと俺も変な気持ちになってしまうしな。」


 あたし的にはむしろ望むところというか、それが狙いというか。

 このまま離れてしまうのが寂しくて。

 身を起こして振り向き、御主人様に抱きつきます。


「――おっと。ヒルドアリア?」


 黙ってしがみついていると背中を撫でられました。


「あたしを……」


「ん?」


 抱いてほしいです。


 言いかけて、喉元で詰まります。

 クランさんの出掛け間際の視線が脳裏に過ぎりました。


 ――わたくしの彼に手を出さないでください、と。


 そう訴えていた視線でした。



 あたしは思考する。

 なぜクランさんは一人で出掛けていったのか。

 あたしのことは南東部のこの街に到着した時からされていた。

 もちろん、母屋裏で御主人様といちゃいちゃしてたのも分かった上で知らないフリをしてたと思う。

 ――おそらく、今こうして触れて抱きあってることも。

 クランさんの人柄、神鎧アンヘル

 あたし自身と比べようとして――やめた。



「――御主人様……あたしのこと、これからも可愛がってくれますか?」


 それだけ訊いた。



「もちろんだ。」


 優しくも迷いのないその言葉を聴いて、あたしの心は決まった。

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