三羽烏

    ▱


 宗教国家都市南東部を管轄するシスターで特別な立場の巫女神官、三位を冠するクランフェリアさんの母屋の玄関前で、あたしは立ち止まります。

 ここにあたしの(未来の)御主人様であるヒツギさんも一緒に住んでいる。

 北西部のあたしの母屋に比べると離れ屋ほどの大きさですが、新しくて綺麗な建物です。


 身だしなみをきちんと整えてから、ゆっくり足を前に出しました。


「お邪魔いたします。」


 入り口で頭を下げて屋内へ。

 同じ巫女神官仲間でも礼節は欠かせません。

 居間に入るとクランさんは二人分の朝食を用意して待っていました。


「あら?あなたは……」


「おはようございます。朝から押しかけてすみません。今年もよろしくお願いいたします、クランフェリアさん。」


「今しがた訪ねてくれたみたいでな。」


 特に間違ってはいないですし、なんなら御主人様と朝の挨拶のキスもしました。

 あたしは心の中でつけ加える。


「やっぱり……近くを神鎧アンヘルが通り過ぎましたから、もしやと思ったのですが……」


 かなりの上空を飛んでいたつもりですが、バレていたみたいです。


 ちなみにあたしの北西部の母屋から南東部のクランさんの母屋まではおよそ十六刻かかりますが、神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』で飛べば二刻半で到着します。

 御主人様達にわかりやすく言えば、蒸気自動車で八時間かかるところを一時間十五分ほどで飛んで来たということですね。


 それはともかくとして、三人で二人分の朝食を囲み沈黙が流れます。


「あたしは朝食取らない派なので、お構いなく食べてください。」


 両手をかざして断っておく。

 正直にいうと『バリスタ』を顕現して高速移動したのと御主人様とのいちゃいちゃで体力を使い、お腹は空いていました。

 でも休日の朝から家に押しかけ、ついでに御飯まで貰うのは四位巫女神官の面目が立たないと思いました。


「お茶だけいただけると嬉しいです!」


 これで空腹は誤魔化せるでしょう。

 三人で席に着く。


「主のお恵みに感謝を。」


 クランさんはご自分のシンボルである円と十字の印を切って神官の略式で祈ります。


「いただきます。」


 御主人様は手の平を合わせています。


「食します。」


 あたしは縦横の格子状に四字と十字のシンボルの印を切る。お茶のみですが。

 三者三様に静かな朝食が始まった。


 二人の前には豆のスープにパンとお茶の健康的な食事が置かれていて、御主人様は量が多めだった。

 黙々と食べるクランさん達の間には、会話がなくても通じる何かがありました。

 食事の仕方、食べる順番やペースが一緒で時折視線が重なると見つめ合う。


 無言で会話をしてるのではないかと思ってしまうほどです。

 お茶を啜りながら観察していたら。


「食べるか?」


 パンを半分手渡してくれる御主人様。


「ありがとうございます!御主じ――ヒツギさん。」


 ガタリと立ち上がりかけて耐える。


 危なかった。

 あたしは民草を導く巫女神官。

 御主人様のヒルドアリアは二人きりの時だけなのです。


 パン美味しい。

 熱々でクランさんの手作りなんだろうな。

 あたしには絶対作れないやつだ。


 クランさんの朝食は随分と量が少なくみえますが足りるのでしょうか?

 その割にはとても身体の発育が良いようで、秘訣を教えてほしいくらいです。



 そうしているうちにお二方は食べ終え、食器を置いて食後の祈りを簡潔に済ませます。

 クランさんは三人分のお茶を注いで手渡しながら話します。


「――そういえば、ヒルドアリアはどうしてこんな朝早くからわたくし達の元へ来たのですか?」


 あたしは思考する。

 素直に御主人様からの書簡が届いたことを話したものか。

 手紙には二人きりで話がしたいと綴られていた。


「あたしの聖堂で行われていた年始の恒例行事が一段落しましたので、同じ巫女神官方への挨拶回りをしていたところなのです。」


 年始の挨拶はしましたし、嘘は言っていないです。


「そうでしたか、わたくしはてっきり……」


 言いかけて口を塞ぐクランさん。


「?」


「何でもありません――あなた様、わたくしはこれから食材の買い出しに行こうかと思うのですが……」


 御主人様の方へ振り向く。


「それなら俺も行くよ。」


「いいえ、あなた様はヒルドアリアとご一緒してください。お客様を置いて留守にするわけにはいきませんから。」


 そう言って立ち上がり、御主人様の袖を引く。

 なんと、目の前で御主人様にキスをした!


 こちらを一瞥いちべつしたクランフェリアさんの紅い瞳と目が合ってしまった。

 あたしは反射的に目を伏せた。


「それでは行ってきます。ヒルドアリア、ゆっくりしていってくださいね。」


 クランさんはケープコートを羽織って網籠を手にして出かけて行きました――

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