夜更けの会合
◎
宗教国家都市には中央部の大聖堂を中心に、七芒星を結ぶように七つの聖堂が存在する。
その中でも北部都市にある、最も豪奢で華美な聖堂。
この国の中枢と言っても過言ではないこの場所は、正しく筆頭巫女神官である妾に相応しいものだ。
そして今、妾の目の前には二人の巫女神官が並び立っていた。
壇上にいる妾からは見下ろす位置になる。
長身
ゆったりとしたドレスのような修道服を着こなした銀髪の七位巫女神官、ラクリマリア。
二人は姿勢を正してから共に
「――顔を上げよ。報告を。」
それだけ口にすると二人の巫女神官は揃って妾と向き合う。
まずはヴァリスネリアが凛とした声で言葉を発した。
「宗教国家東部地区、私の管轄内に潜んでいた異教徒達は大半を駆逐、または拘束し収容施設へと移送を行なった。」
まるで聖書の朗読のように淡々と紡がれていく。
「宗教国家南西部にて起きた五位巫女神官パフィーリアの
「――その補佐官の処遇は?」
妾の問いにラクリマリアが素っ気無く答える。
「……パフィーリアの補佐官なら事件に巻き込まれてもう生きてはいないわ――パフィーリア自身は中央部の保養施設で療養中、南西部の街にもかなりの被害が出たから後任はしばらく決まらないでしょう。」
返答を少し待ってから再びヴァリスネリアが話しだす。
「宗教国家北西部で起きた異教徒による鉄道襲撃事件に関しては、六位巫女神官エノテリアによって阻止。こちらも拘束した異教徒達を収容施設へと移送済みだ。」
「もう、本当に次から次へとキリがないわ。わたしの聖務はいつになったら落ち着くのかしらね。」
ラクリマリアは己の身体を抱くようにして溜め息を吐いた。
彼女の
ゆえに彼女に任せた聖務には、拘束した異教徒達を処刑――もとい
妾は手に持った聖書を開き、嘆く彼女に言葉を贈る。
「試練に耐えよ。主は我らの求めを知る。我らの弱さを知っている。主の名の下にすべての抑圧が終わる時まで。」
「願わくば、なるべく早くに来てほしいものね。」
肩をすくめるラクリマリア。
その様子を横目に見ていたヴァリスネリアが口を挟む。
「――彼、クランフェリアの補佐官。ヒツギ君への審問はどうなのかね。」
その名に僅かに眉を上げる。
二人には気づかれてはいない。
「まだよ。彼は特に問題を起こしているわけではないもの。それにあの子を怒らせたくもないわ。」
ヴァリスネリアは唸りながらも言葉を選んでいるようだ。
「……君がクランフェリアを気にかけているのは分かる。しかし、だからこそはっきりとさせておかねばならないこともあるだろう。」
かなりオブラートに包まれた皮肉だった。
苦虫を噛み潰した顔のラクリマリアは顎に指を当てて考えている。
「そうねぇ……今度、わたしの管轄のリゾートへ招待してみようかしら。気分が良くなれば、心を引き出せるのも容易になるでしょう。」
「ではその時は私も同行させてもらうとしよう。」
「……そんなことを言って、本当は遊びたいだけなんじゃないかしらね――まあいいわ。アルス、貴女はどうするの。一緒に来る?わたしの南部都市は誰でも歓迎するわよ。」
表情がころころ変わる彼女へ返答する。
「妾は暑いところが苦手だ。それに為すべき聖務も控えている。遠出は遠慮しておこう……エノテリアはどうなのかね。」
視界の端に音もなく現れていた六位巫女神官エノテリアへと声をかける。
ラクリマリアは振り向き、キャッと驚いていた。
「…………」
エノテリアは無言のまま首を横に振って闇に溶けていった。
「……そういうことだ。今回の会合はここまでにしよう。二人とも大儀であった。」
そして、巫女神官の二人は揃って踵を返して我が聖堂を後にした。
妾は聖書台に本を載せて、絢爛たる聖堂の天井画を見上げる。
それは四十メートル以上にわたって描かれていた。
「天は
無意識のうちに詩の一節のような言葉が紡ぎ出る。
「我ら巫女神官の因果が集束される時、
そこで一瞬だけ瞳を閉じて想いを馳せ、間を置いて呟く。
「この世は長らく罪と過ちに縛られていた。主が現れ、魂がその価値を知るまでは。
夜はまだ、始まったばかりだった――
♤
俺は南東部の聖堂を管理する三位巫女神官クランフェリアと、一緒に住んでいる母屋で彼女と新しい年を迎えようとしていた。
とはいえ、何か特別な事をしているわけではない。
少し前に食事と風呂を済ませて、今は自室で眠る前の読書をしていたところだ。
クランはゆっくり風呂に浸かっているだろう。
昼間も普段通りに二人で慈善活動や聖務、蒸気自動車で街の見回りなど治安の維持をして一日を過ごした。
何事もなく平和であるのは良いことだと思う。
異教徒達の襲撃事件はもちろんだが、この前のような南西部での街を巻き込んだ出来事はなかなかに身に
当事者である療養中の五位巫女神官のパフィーリアや、助けになってくれたヒルドアリアは大丈夫だろうか。
手紙でも書いて連絡を取ってみるとしよう。
机の上に紙を用意してペンを走らせる。
あの時はクランにもかなり心配をかけさせてしまった。
大切な彼女を悲しませることは身体以上に心に堪えるに違いない。
気をつけないといけない。
――と、そこで隣の部屋から微かに物音が聞こえた。
クランが風呂から上がって自分の部屋に戻ったのか。
やがて部屋を移動する気配を感じ取る。
間もなくクランは俺の部屋へやってきてベッドに潜り込むのだろう。
ペンを置いて手紙をしまい、彼女と寝る準備を整えてドアを叩かれるのを待つのだった――
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