暴走列車

    ‡


 漆黒の神鎧アンヘルが列車内を疾走します。


 異教徒達は拳銃を構えて発砲しますが、全ての弾丸を掴み取りました。

 握り潰したそれを払い、拳を愚かな輩に叩き込みます。


 力加減がとても難しかったですが、ギリギリで寸止めをして軽く触れるだけで脆くも吹き飛び倒れていきます。

 おそらく殺さずにいることでしょう。


 倒れ伏した異教徒達は一般客に紛れた街の兵士達が次々と拘束をしていきます。


 わたくしは列車の最後尾の車両、貨物室の隅で丸くなるように座っていました。


 神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』はかなりの遠隔でも自発的に行動して、視覚や聴覚を共有できます。

 大きさはわたくしより頭一つほど背が高いくらいに調整をして、この場所から先頭車両に向かわせました。


 異教徒達の狙った列車は密かに監視していた街の兵士達のおかげで早くに特定でき、わたくしは影による移動ですぐ乗り込めたのがやはり良かったです。


 一般客は皆、席に伏せた状態ですが怪我人がいれば兵士の方が対処してくれるでしょう。


 情報によると異教徒は石炭に擬装した大量の爆弾で列車を爆破しようとしていて、目標である破壊する橋まで持ち堪えようとしています。


 列車の速度は上がっていて、すでに時間との勝負になっていました。

 爆破をされる前に異教徒達を制圧した上で、橋の破壊も阻止しなければなりません。


 長く連なる車両の半分を超えたあたりで兵士から神鎧アンヘルに連絡をくれました。

 何やら不穏な動きがあるとのことで、爆弾を積み込んだ先頭車両を切り離そうとしているようです。


 当初は客車を巻き込んでの大惨事にしようとしていたらしいですが、一番の目的を達成させることにしたのでしょう。

 対処をする上でこうなる事も想定していました。


 街の兵士に異教徒達の制圧と乗客の安全を任せ、わたくしは神鎧アンヘルを窓から客車の外に出て天井上へ登らせます。

 強い風を受けますが吹き飛ばされないようにこらえつつ、猛然とした速度で駆け出しました。


 空気抵抗を物ともせず弾丸のごとく跳び、瞬く間に先頭車両の目の前まで到着します。

 ちょうど異教徒達が数人で中央連結器を切り離そうとしているところでした。


 止めようとして、ふと考えました。

 このまま切り離されれば、少なくとも後方で牽引される乗客達の安全は確保されます。

 ですが石炭爆弾を積んだ車両は速度が上がり、橋は爆破されてしまうでしょう。

 目的の場所はかなり近くまで来ています。

 それならば――


 わたくしは『ザルクシュトラール』を先頭車両へ跳び立たせ、身の丈ほどの大剣を手の内に顕現させます。

 同時に、それを意思で操って列車の中央連結器を切断しつつ、周囲の異教徒達を線路上へ蹴散らしました。


 運転室には人質となっている乗務員が縛られていて助けを求めています。

 列車の動力を生むボイラー室の前方――炭水室は積まれた石炭と擬装した大量の石炭爆弾とで分けられていて、異教徒数人が爆弾を投げ入れる準備をしていました。


 すぐさま鍵のかかった運転室へドアを破壊して乗り込み、大剣を乗務員達の盾代わりに突き立てます。

 拳銃を構える異教徒を優先に神鎧アンヘルを詰め寄らせ、手加減なしで殴って頭を吹き飛ばしました。

 派手に襲われれば、恐怖に駆られた異教徒も咄嗟に『ザルクシュトラール』を狙うことでしょう。


 発砲された弾丸を左手で一つも欠かさず掴んでは瞬時に右手に送り、異教徒に弾丸を弾き返して行動不能にさせ鎮圧します。

 乗務員を束縛から開放し、背中を押して状況を把握してもらい列車を止めるように促がしました。


 やがて列車は橋の目前で止まり、どうにか異教徒の凶行を阻止できました。


 わたくしは漆黒の神鎧アンヘルを召喚回帰させた後、立ち上がって列車最後尾の貨物室から顔を出します。

 街の兵士に作戦が終わったことを伝えると爆弾を含めた後処理をお願いし、そのまま列車を降りました――


    ▱


 天鵞絨てんがじゅうのような夜の闇が北西部の街を包みます。


 あたしの神殿は幻想的なともしびの中、まだまだ多くの人が訪れて新しい一年を迎えようとしていました。

 今は神饌しんせんの最中で、あたしは神に供物を捧げているところです。


 この後は御神酒おみきを皆さんに振る舞って、神の宿ったお酒や食べ物を頂きます。

 他の巫女神官達の言うところの聖餐せいさんと似たようなものですね。


 ふと、視界の片隅にフードを深く被った巫女神官のコートが見えました。


 エノテリアさんがここにいるということは事件は無事に解決したのでしょう。

 彼女を確認すると、影に溶け込むようにその姿が消えていきました。

 後でお礼をしなければなりませんね。


 まだ数日は聖務から離れることはできそうにありませんけど――

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