悔恨

    ♤


 異形の神鎧アンヘル『クインベルゼ』の背後から腹部へ飛び移った俺は、神鎧アンヘルの背を駆け上った勢いで肩部まで跳躍した。

『クインベルゼ』の八本の腕はいくつか切り落とされていて、鎧装は弾痕で傷だらけだった。


 一方で巨像の神鎧アンヘル『バルフート』は四枚の肩部装甲が盾の役割を果たしているようで、本体は無傷だった。

 防御時は本体を丸ごと包み隠し、攻撃時には推進剤を噴射してアンカーブレードでの接近戦や距離を取っての三連機関銃、近接防御火器で牽制をする。


 クランのその安定した戦い方はやはり巫女神官の中でも上位の強さを誇るだけのことはある。

 だからこそ決着がつく前にパフィーリアに接触しなければならなかった。


 ヒルドアリアを乗せた不死鳥は大きく旋回してクランがいるであろう場所に降り立っている。

 彼女がクランを説得して攻撃を緩めてくれるようにあらかじめ頼んでおいたのだ。


 二体の巨大な神鎧アンヘルが攻撃の手を止めて対峙した隙を見て、鎧装をつたいパフィーリアの結晶まで駆け抜けた。

 少女は相変わらず項垂うなだれているが、かなり疲弊しているようにも見える。

 手にロザリオを絡めてパフィーリアに触れると光の奔流が広がっていく。


 先ほどは心層が浅く、虫に囚われた少女と繋がった。

 ならば今度はより深く繋がってみたらどうか。

 俺の意識がどこまで持つのかわからないが、光と記憶の中をひたすらに潜っていく。

 やがて視界は真っ白に染まり、俺はパフィーリアの心と一つになった。


    ☆


 パフは神様の子供だとずっと言われてきた。


 気がついた時には周りにたくさんの大人のひとがいた。

 みんなはパフに向かってお祈りをするけど、ほかにはなにもしてくれなかった。


 パフの補佐官はとても厳しかった。

 あなたは神様の子供なのだから。

 なにも求めず、ただそこに居ればいいのです。

 差し出された供物を糧として、神の子の禊によって神鎧アンヘルに相応しい器であればいいのだと。


 お腹が空いてこっそりおやつを食べると薄暗い地下墓地に閉じ込められた。


 ――神様の子供だから。

 どんなことでもパフは我慢しないといけなかった。


 パフが初めてクランと会ったのは六歳の時だった。

 神鎧お披露目という新しい祭事を執り行なうために宗教国家都市中央部の大聖堂で一人、椅子に座って待ってたら声をかけてくれた。


 綺麗で優しくて、本当のおねえちゃんみたいで。

 色んなことを教えてくれたし、遊んでくれた。

 今まで独りきりだったから、かまってくれるのがすごく嬉しくて。

 いつも会うたびにパフのことを可愛がってくれて、一緒にいられることが幸せだった。

 これからもずっと仲良くしていけたらいいなと思ってた。


 それなのに。


 どうして。


 なんでパフを攻撃するの。


 見たこともないくらい怖い顔で怒っているの。


 パフはただ、おにいちゃんが欲しかっただけなのに。


 痛い。


 躰中が痛い。


 けど、それ以上にクランにひどいことをされるのが悲しかった。

 涙があふれて止まらなかった。


 お願いだからもうやめて。


 パフ、いい子にするから……。


 たすけて……おにいちゃん……!


「――パフィーリア!!」


 ハッとして見上げたら、そこにはおにいちゃんがいた。


「――おにいちゃん……パフは……!」


「もういい、もう無理をしなくていいんだ。パフィーリア!」


 そっと抱きしめてくれるおにいちゃん。


「食べ物を好きに食べていいし、クランとも今までのように仲良く過ごせるようにする。俺が二人を守ってみせるから。」


「ううぅ、おにい……ちゃん……ふぐぅ……」


 服にしがみついて涙を拭いた。


「――神鎧アンヘルを回帰させて、皆のところへ戻ろう。」


 頭の中でざわついていた虫の声はいつの間にか鎮まっていた。

 おにいちゃんは大きな剣で慎重にパフの周りの虫を斬って神鎧アンヘルから躰を抜き出してくれる。

 そのまま抱きついたら、神鎧はゆっくりと召喚回帰して消えていく。

『クインベルゼ』はパフ達を丁寧に地面まで下ろしてくれた。


「――またね、『クインベルゼ』」


 いつだってパフを守ってくれる神鎧アンヘルにお礼を言った。


    †


 わたくしはヒルドアリアとともに離れた広場でヒツギ様とパフィを見守っていました。


 異形の神鎧アンヘルが召喚回帰されていくのを見て、二人でホッと息を吐いて自分達の神鎧アンヘルも回帰させます。

 もう立っているのも限界なほど疲弊していました。


「流石わたくしのあなた様、上手くやってくれたようです。」


「さすが、あたしの御主人様!信じていました!」


 わたくしはヒルドアリアに顔を向けると、彼女は咳払いをして言葉を濁します。


「こほんっ、ヒツギさんのおかげで街もパフィーリアも救われました。まさに英雄ですね!」


「そうですね。街の被害は大きく、犠牲もかなり出てしまいましたが収まりました。復興支援をヴァリスネリアに相談しましょう。もちろん、わたくし達も出来ることを考えて。」


 言いながら、わたくしは懺悔を口にしました。


「――パフィに酷いことを……過ちを犯そうとしてしまいました。あの子にどんな顔をして会えば良いのでしょう……」


 ヒルドアリアは真っ直ぐに前を見ながら答えます。


「あなたは何も悪くありません。それはあたしの神鎧アンヘルが放つ焔が――浄化すべき魂を選別する煉獄の焔が証明してくれます。あなたはこの街と大切な人達を救済しようとしていたのですよ。」


 わたくしより二つ年下の彼女はまるで長い時を生きた聖者の風格を纏っているようでした。


「ありがとうございます、ヒルドアリア。」


 彼女と同じ方向へ目を向けると、わたくしの愛する人とパフィがこちらへ歩いてきていました。

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