悪意の発露

    †


 わたくしは『バルフート』の右手に乗って、異形の神鎧アンヘルへ近づいていました。


 街の周辺を襲っていた虫達は四つの近接防御火器による自動射撃でやっとのこと駆逐できましたが、ヒルドアリアの神鎧アンヘルの力が『クインベルゼ』の攻撃で消失してしまい、居ても立ってもいられなくなりました。


 傷ついた『ベルグバリスタ』は自ら焔を噴き出してその身を包んでいます。

 やがて霧散したかと思えば、少し離れたところに再び不死鳥の神鎧アンヘルが焔を纏って顕現しました。

 まるで何事もなかったかのように力強く羽ばたき、改めて不死であることを思い知らされます。


 異形の神鎧アンヘルの胸元、パフィとヒツギ様がいる辺りは見覚えのある眩い光を放ち続けています。

 ですが、わたくしは遠巻きながら直感のようなものを感じました。

 それはまるで半身が引き裂かれてしまったかのような喪失感を伴いながら。


「あなた様……」


 体力を振り絞り『バルフート』の四枚の肩部装甲から推進剤を噴射して『クインベルゼ』の至近距離まで急接近します。


 ――そしてわたくしは見てしまいました。


 異形の神鎧アンヘルに繋がれたパフィにわたくしの最愛の彼が深く傷つけられているところを。


「――パフィーリアっ!!」


 わたくしは近くの建物へと降り立つと、近くの物陰に隠れて即座に『バルフート』の右腕のアンカーブレードを射出して飛び立たせます。


「わたくしのあなた様になんてことをっ!!」


 わたくしの胸の内にはパフィーリアに対する殺意で溢れていました。


    ▱


 目を開くとどこまでも続く青空と大きな入道雲、そして巨大な異形の神鎧が視界に入ります。


 あたしは『ベルグバリスタ』とともに転生していました。

 躰は最も健康で活動的な状態へと再構成されています。


「ふう、死なない躰であることが幸いですね。」


 しかし良くないものが目に写ってしまいます。

 異形の神鎧アンヘルの胸元、パフィーリアに胸部を貫かれたヒツギさんの姿と『クインベルゼ』の上腕にブレードを突き立てている巨像の神鎧アンヘル


「御主人様!!」


 何はともあれ、あたしはすぐさま『バリスタ』を異形の神鎧アンヘルの懐へ入りこませて御主人様を抱きしめます。

『バリスタ』が『クインベルゼ』を蹴りつける反動で、串刺しにされた彼の躰を引き抜き離脱しました。

 当然ですが御主人様の躰は傷の深い、血が噴き出す重症で意識がありません。


「大変です。血が、血が止まりません……!」


 このままでは御主人様が死んでしまいます。


 あたしは思考する。

 御主人様からはあたしより弱いとはいえ、同じ不死の体質を感じています。

 けれど御主人様のそれがどのように作用するのか分からない以上、応急処置をしなくてはいけません。


 不死。

 流れ続ける血。

 もしかしたら……。


 あたしは『バリスタ』の鎧装の鋭い部分に腕を当てて思い切り引き裂きます。

 激痛とともに血が流れ出ますが我慢です。


「御主人様!あたしの血を飲んでください!」


 完全な不死であるあたしの血を飲めば、きっと傷も治るはず!

 苦しそうに呻く御主人様の口元にあたしの腕を押しつけます。


「ほら、はやく!はやく飲んでください!」


 ぐいぐいと押し当てると少しずつですが嚥下えんかしてくれました。

 すると御主人様の躰は淡い光に包まれて、傷が塞がっていきます。


「その調子です、御主人様!いっぱい飲んでくださいね!」


 安心すると同時に不思議な高揚感に満たされていきました。

 御主人様があたしの血を飲んでくれている。

 完全な不死になって、あたしのとなり永遠に怠惰に生きてほしい。


 あたしたちの下では異形の神鎧アンヘル『クインベルゼ』と巨像の神鎧アンヘル『バルフート』が互いに掴みかかる攻防を繰り広げていました。

 このままパフィーリアとクランフェリアさんには潰しあってもらい、残った方をあたしがたおしてしまえば……。



 御 主 人 様 は あ た し の も の だっ!!



 ふと、御主人様の言葉が頭に過ぎります。


「パフィーリアを救う為に君の力が必要なんだ!」


 ――途端に我に返って頭を振りました。


「あ、あたしはなんてことを考えているんでしょうか。御主人様はこんなに頑張っているのに……!」


「――うぅ、ヒルドアリア……無事……なのか?」


 意識を取り戻した御主人様があたしに手を伸ばし、それを両手で掴んで答えます。


「あたしならこの通り!それより御主人様、無理せずに休んでください。今下ろしますので。」


「腕を怪我しているな。俺のせいで君にも無茶をさせてしまって、本当にすまない。」


 あたしの腕はすでに傷が塞がっているのですが、優しい御主人様はそっと触れて心配してくれました。

 街を破壊しながら戦う二体の巨大な神鎧アンヘルに目を向けます。


「――パフィーリアを止めないと。あの子とクランは姉妹のような仲なのに、戦っては駄目だ……!」


「これ以上はいけません!次にもし何かあったら助けられるかわからないです!」


 御主人様はあたしを見つめて肩に手を置きました。


「ヒルドアリア、頼む。俺を信じてほしい。それに君に命を救ってもらった恩は必ず返す。必ずだ!」


「ううぅ……そこまで言われると――わかりました、ちゃんと戻ってきてくださいね。約束ですよ!」


 そしてあたし達は再び異形の神鎧アンヘルへと降下していきました。

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