途絶

    ▱


 あたしはパフィーリアの神鎧アンヘル『クインベルゼ』をどう攻めたものか考えあぐねていました。


 生み出される虫達は減ったものの、本体が強化されたので中途半端な攻撃が効きません。

 しかし強力な攻撃で彼女の神鎧アンヘルを倒すわけにもいきません。

 神鎧アンヘルは宿主と心身ともに深く繋がっているので、何かが起きれば宿主にも影響が出てしまうからです。


「――ヒルドアリア!」


 と、そこで御主人様があたしを呼びました。

 もちろんすぐに近くへ駆けつけます。


「なんでしょうか、ヒツギさん?」


 あの人はあたしを見上げて言いました。


「君の神鎧アンヘルで俺をパフィーリアの神鎧アンヘルまで運んでくれないだろうか?」


「それは危険すぎます。」


「わかってる。だが、あの子を救う為に君の力が必要なんだ。」


 あたしは思考する。

 御主人様の振るう大剣。

 異形の神鎧アンヘルが生み出した虫に今でも通用している、ということは本体にも有効でしょう。

 あたしと御主人様は大剣の力で心が繋がったこともあります。

 ひょっとしたらパフィーリアとも心を繋げて神鎧アンヘルを止められるかもしれません。


「――うぅん、言うのもなんですが無茶はしないでくださいね。」


 御主人様のすぐ傍に降り立つと、乗りやすいように『バリスタ』を屈ませて手を差し出します。


「ありがとう、ヒルドアリア!」


 あたしの手を掴んで身軽に後ろへと乗りこむ御主人様。


「落ちると大変ですので、しっかり掴まってください。」


 念のため注意を促すと背後から腕が回り、あたしの躰に抱きつかれました。


「あひゃん、御主人様!?」


 てっきり『バリスタ』に掴まるとばかりに思っていたので完全に不意をつかれました。


「ん、どうかしたのか。」


「い、いえ。何でもないです……いきますよ!」


 顔から火が出そうになりますが、御主人様に抱かれて嬉しいのでこのまま飛び立ちます。


 あたしは白い異形の神鎧アンヘルに対して左側、クランさんの『バルフート』の攻撃射線に入らないよう『バリスタ』を飛ばせます。

 高度を異形の頭のあたりまで上げると、クランさんの神鎧アンヘルが背部のカチューシャ砲で攻撃を仕掛けました。

 それを『クインベルゼ』が八本の鉤爪を重ねて防いだところで突撃を開始します。


 あたし達は高速で接近し、異形の神鎧アンヘルが防御を崩した時には目の前に滞空していました。


「今です!御主人様!」


「応!」


 御主人様は超人的な跳躍で飛び出しながら大剣を顕現させ、『クインベルゼ』の肩部に突き立てて取りつきます。

 あの位置なら鎧装をつたっていけば結晶まですぐにたどり着けるはず。


 あたしは『クインベルゼ』から八本腕で攻撃される前に離脱しようとしました。

 けれど異形の神鎧アンヘルは大きく上体を揺らし始め、鉤爪をでたらめに振り出します。

 御主人様を振り落とそうとしているのでしょうか。

 現にその場で堪えるのが精一杯の御主人様に対し、八本腕は狙いを定めるかのように切っ先を突きつけています。


「あたしの御主人様に手出しはさせません!」


 あたしは『バリスタ』の脚の爪で『クインベルゼ』の鉤爪と頭部を掴んで動きを止めました。


「――御主人様、これでどうですか!?」


 異形の神鎧アンヘルが仰け反ったおかげで移動し易くなったのか、素早く走り抜けてパフィーリアのいる結晶までたどり着いた御主人様が見えました。

 ホッとしたのも束の間、猛烈な勢いで七本の腕があたしと『バリスタ』に襲い掛かります。

 鎧装である程度弾くとは言え、そうでない神鎧アンヘルの部位は次々と切り裂かれていきます。


「うぅう……痛いです!――でももう少しだけ、辛抱しないと……!」


 そして御主人様がパフィーリアに触れて眩い光に包まれた瞬間でした。


 あたしの躰は『バリスタ』とともに鉤爪に貫かれ、意識が途絶えました――


    ♤


 俺は懐から血濡れたロザリオを手にして、結晶に半身を取り込まれたパフィーリアに触れた時だった。

 三度経験する光と記憶の奔流に包まれる中で、視界の端に『クインベルゼ』の腕に串刺しにされる『ベルグバリスタ』を見た。


「ヒルドアリアっ!!」


 不死鳥の神鎧アンヘルは激しい焔に包まれ、思わず叫んだところで近くから弱々しい声が聴こえた。


「――おにいちゃん?」


 振り返るとパフィーリアが微かに目を覚まして俺を見ていた。


「パフィーリア、しっかりしろ!今助けてやるからな!」


 ヒルドアリアも心配だが身を挺してくれた彼女に報いる為にも、まずはパフィーリアを優先した。

 大剣で結晶を削りつつ少女の上体を抱きしめる。

 すると光の奔流はさらに強まり、意識がパフィーリアの記憶と思われるものに上書きされていった。


 つい最近の俺やクラン達とのやり取り、他の巫女神官達と一緒に神鎧お披露目や食事をしている場面。

 そして、独り薄暗い地下墓地の祭壇で力無く倒れている少女の姿。

 幾度となく繰り返してきたであろう痛ましい光景。


 意識が侵食されるのを堪えていると、光は俺の腕の中で小さな子供の姿へと収束する。

 パフィーリアは虫に囚われているのがわかった。

 少女の声が頭の中に響く。


「おにいちゃん……パフ、あたまいたい……うるさくてなにもきこえないよ……」


 必死に少女へ声をかける。


「パフィーリア!俺はすぐそばにいる!だからもう神鎧アンヘルを回帰させるんだ!」


 ゆっくりと少女は見上げて口を開く。


「おにいちゃん……パフを助けてくれるの?ずっとそばにいてくれる?」


 周囲の光が収まり、パフィーリアの神鎧アンヘル『クインベルゼ』の動きが止まった。


「ああ、もちろんだ!どんなことがあっても決して見捨てたりなんてしない。」


「ほんと?――おにいちゃん、パフはおにいちゃんのことを……」


 華奢な背中を撫でて安心できるように言い聞かせ、少女の言葉の続きを待っていると。

 刹那――胸部に衝撃を受けて激痛が走る。

 見ると、パフィーリアの腰の辺りから蟷螂かまきりの腕のような鋭利な刃が生えていて俺の躰を貫いていた。


「おにいちゃんのことを――喰べてもいいの?」


 とても無邪気で純粋なパフィーリアとは思えない歪んだ笑顔の少女を横目に俺の視界は暗転した――

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