神鎧暴走

    ☆


 その場所はパフの聖堂の庭園の真下、薄暗く天井の高い地下墓地だった。


 パフの庭園が天国であるなら、ここは地獄だ。

 神の子の禊をする時は必ずここでお祈りをし続けないといけない決まりになっていた。

 もうすでにお腹は鳴っていて少しでも気が紛れるように祈りつつ、少し前のことを思い出してた。


「え。もう神の子の禊をするの?」


 学校の授業が終わって聖堂に戻ってくるなり補佐官は言った。


「聖務の予定上、この月は早めに済ませなければいけません。お支度をなさってください。」


「で、でももうお腹も空いてるし、パフは明日からがいいな……?」


「わがままを言われては困ります。それに五位巫女神官様は神の子なのです。不用意に聖堂の外の人間と関わりを持つなど、もってのほかです。今すぐその穢れを祓わなくてはなりません。」


 渋々、修道服の上衣を脱ぐとそのまま地下へと連れて行かれた。


 またここで倒れてしまうほど食べ物を我慢しないといけない。

 どうしてこんなにつらい思いをしなくてはならないんだろう。

 他の巫女神官たちはあんなに自由なのに。

 パフの補佐官が優しいヒツギおにいちゃんだったらよかったのに。

 きっと今ごろはクランと仲良く美味しい物を食べてるかもしれない。

 いつもは何も考えないようにしていたはずなのに、今回は次から次へと思い浮かぶ。


 ざわざわと頭やお腹の中の虫が騒ぎ始めて耳鳴りがしてきた。

 組んだ手のひらに力がこもる。

 知らないうちに神鎧アンヘルの力が湧いてきて心が黒く染まっていく。


 ほしい。


 もっとほしい。


 食べ物も。


 自由も。


 おにいちゃんも……!


 涙が溢れて轟音のようなざわめきを耳にしながら。

 虫の声を聴いてしまった。


 食べてしまえばいい。


 食べ物も。


 煩わしい補佐官も。


 何もかも食い尽くして。


 そして自由を手に入れるのだ……!!


 その瞬間、目を見開いて両手をかざして言った。


「――おいで!『クインベルゼ』!!」


 地下墓地内に悲鳴のような強風が吹き荒れ、八メートルほどの蝿を彷彿とさせる白い異形の神鎧アンヘルが顕現する。

 続けて力ある言葉を発した。


「――『血算……起動』!!」


 鎧装下の素体部が金色に輝き、神鎧アンヘルの腹部が割れるように開いて、そのままパフを飲み込んだ――


    ▱


 それは前日にクランさん、パフィーリアに御主人様――もといヒツギさんが帰った後のことでした。


 あたしは補佐官とともに再びラクリマリアさんの買い物に付き合っていると。


「ねえ、ヒルドアリア。あの子、パフィーリアなんだけど。危ないかもしれないわ。」


「そうですね、ヒツギさんを狙うライバルとして油断できません!」


 彼女は服を手に取って見比べながら続けます。


「そうじゃないわ。神鎧アンヘルの力のことよ。ざわついているというか不安定な感じがするのよ。少し見ていた方がいいと思うわ。」


「どうしてあたしに言うんですか?」


「わたしには他にしている役目があるの。それに何かがあった時、あの子の神鎧アンヘルに対抗するには貴女の神鎧アンヘルが最適だからよ。」


 ラクリマリアさんの翠の瞳と目が合って、ため息を吐きます。


「おあいにくさまです。あたしは誰かに使われるつもりはありません――けれどもう一度だけヒツギさんとお会いしてから帰ろうかとは思います。」


「――それでかまわないわ。」


 ラクリマリアさんは軽く笑って服を選ぶと、その後は何も言いませんでした。


 生真面目な補佐官にあと一日だけ滞在すると伝えるとあっさりと受け入れられ、宿にはあたしだけ泊まり彼女は一足先に神殿へと戻っていきました。

 聖務の調整は補佐官にお任せして改めて羽根を伸ばします。

 クランさん達の居場所は巫女神官の纏う神鎧アンヘルの力を察知して大体はわかるので追うことは難しくありません。


 そうして大通りで皆さんを待って今に至ります。


「今日はなんだか変な風が吹いていますねぇ。」


 ストールを片手で押さえながら空を見上げます。


 ――と、そこに見覚えのある蒸気自動車と男女の姿を見てあたしは手を振りました。

 車は目の前で止まり、あの人が声をかけてくれます。


「ヒルドアリア、まだこの街にいたのか。あの真面目そうな補佐官はどうしたんだ?」


 あたしは説明しようと口を開いたところで異変は起こりました。

 突然、強風が吹き荒れて空は雲に覆われていき、同時にあたしもクランさんも気がつきます。


「あなた様!神鎧アンヘルが――パフィの神鎧アンヘルが顕現しています!」


 そしてパフィーリアの聖堂の方から大きな竜巻とともに白い異形の神鎧アンヘルが顕れました。


 それはどんどんと膨れるように大きくなっていきます。


「乗れ!ヒルドアリア!」


 あたしは車の後部席に飛び乗ると、すぐに発進して聖堂へと向かいます。

 白い異形の神鎧アンヘルは空へ浮かびながら何かを大量に放出しました。


「ヒツギさん、出来るだけ広い場所へ行ってください!」


 その指示に車は方向転換しつつ異形を眺めると、人の二倍はある巨大な虫達が飛来して頭上を越えていきます。


「――なんだあれは!?」


 いくつかの種が組み合わさった禍々しい虫で道行く人や建物に取りつくと、鋭い牙や脚で捕食を始めました。

 虫の群れの多さに車を止めて、あたし達は降りるとクランさんが即座に神鎧アンヘルを顕現させます。


「――主の御心のままに……!」


 彼女の背に後光が差して十メートルほどの白い人型の巨像が顕れました。

 四枚の肩部装甲が開き、四基の自動迎撃機関銃で向かってくる虫の群れを撃ち落としていきます。


「ヒルドアリア、伏せろ!」


 その声で咄嗟にしゃがむと頭の上を何かで薙ぎ払われました。

 分断された虫の体があたしの近くで弾けます。

 ヒツギさんが刃渡り二メートルはある大剣を宙に浮かべていました。


「立てるか?」


 手を差し出して、あたしを立たせてくれます。


「ありがとうございます、御主人様っ!」


「パフィの神鎧アンヘルはすでに血算を起動しています。おそらく暴走状態なのでしょう。止めるためにはまず本体へ近づかないといけません。」


 神鎧アンヘルの力を察知すれば大まかな場所は分かっても、視覚的に虫の大群で遮られて位置が特定出来ません。

 街中は大混乱で時間がかかれば人も建物も虫に食べ尽くされてしまいます。


「わかりました、あたしが道を作ります!」


 そしてあたしは神鎧アンヘルを顕現させました――

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