第五話 暴虐なる蟲の囁き
南西部都市へ
☆
こころのなかにむしがいた。
いつだってむしはささやいている。
めのまえにはいろあざやかなせかいがひろがってた。
むしはどんどんおおきくなる。
ふくれあがるむしのこえがざわめく。
めをこらすとむしはいっぴきじゃなかった。
むしむしむしむしむし。
こまかにうごめくかぞえきれないむしのかたまりだった。
むしのこえはすでにさけびのようにあたまにひびいている。
いつのまにかこころはむしのたいぐんにうめつくされていた。
♤
俺はクランフェリアとともに宗教国家都市、南西部にあるパフィーリアの聖堂へと訪れていた。
聖堂の周りは庭園になっていて季節の花々が咲き乱れている。
一面の彩りと芳香に誘われるように広大な庭を見て回る俺とクラン。
「この間の保養施設での植物園を覚えていますか?あそこは極力自然にまかせた生育をしていましたが、ここでは完全に手を加えて管理されています。植物の種類や開花の時期、建築物の外観や配置に至るまで全て計画的に造られているんです。」
俺達は庭園を一望する。
「パフィーリアの庭園は聖なる教の宗教観での楽園を模してデザインされたものなんですよ。」
クランが解説をしてくれる。
「主の教えでは人は死後、罪を浄化する煉獄をくぐり抜けて楽園へと迎え入れられるとされています。投獄期間は人により様々ですが、来たるべき審判の日のために功徳を積むことが大事なんです。」
俺は目の前に広がる色とりどりの世界を眺めて思ったことを口にする。
「さながら現世の理想郷か。楽園なんて俺にはとても辿り着けそうにない場所だが……」
過去の記憶を失った俺にどれだけの業や罪があるのか計り知ることは出来なかった。
「そんなことはありません。あなた様は必ずわたくしが導いてみせます。」
そう言って手を取ってくれるクラン。
彼女と見つめ合っていると不意に合唱のような歌声が微かに聴こえてきた。
合唱の音源はパフィーリアの聖堂からだった。
「これは、パフィの参加している聖歌隊でしょうか。」
俺達は聖堂へと向かった。
正面扉をゆっくり開けて中へ入ると、聖堂全体に響き渡るほどの大きく綺麗な合唱に出迎えられる。
俺とクランは身廊の中ほどの席に座り、静かに聖歌を聴き入る。
身廊の先のクワイヤには聖歌隊が立ち並んでいて、その中にパフィーリアの姿もあった。
聖歌隊の中でも特に小さな少女を見ていると、義理の妹か姪でも見守っているかのような気分になる。
主の偉大さを謳い、
ほどなくして聖歌が止んだ。
どうやら一区切りついたらしい。
解散して聖歌隊の子供達が談笑したり、別の場所へ移動し始める。
そんな中でパフィーリアは俺達を見つけて、ふわふわの金髪を揺らして駆け寄ってきた。
「クランにヒツギおにいちゃん、来てたんだね!」
「仕事で近くまで来てな。せっかくだからパフィーリアの顔を見に来たんだ。」
「パフィ、とても上手に歌えていましたね。わたくしも一緒に歌ってしまいそうでした。」
厳かな雰囲気が一転して和やかな空気に包まれる。
「うぅん、でもパフけっこう間違えて怒られるから……もっとクランみたいに上手になりたいなあ。」
「わたくしでよければ教えてあげますよ。」
「くひひ、ありがとう!今日は午後から学校で授業があるから、次に会ったらだね!」
まるで姉妹のようなやり取りに微笑ましくなる。
パフィーリアはクランと同様にシスターの最上位である巫女神官で、神学校へ通っている学生だ。
巫女神官は七人いて序列があり、クランは三位、パフィーリアは五位となっている。
「おにいちゃんたちはこの後どうするの?」
「俺達は視察と観光をかねてパフィーリアの街を見て回るつもりだ。一緒に行くか?」
「パフも一緒に行きたいっ!」
少女は目を輝かせて食いついた。
「パフィ、学校は大丈夫なんですか?」
クランは小首を傾げて心配する。
「うぅう、でもぉ……パフもおにいちゃんと一緒にいたいし……」
「少しくらいならいいんじゃないか?息抜きだって大事な仕事の一つだ。パフィーリアの管轄の視察に彼女自身が同行するのは自然だしな。」
俺は軽い気持ちで続けた。
「それに午後から授業だというのなら、それまでに学校へ戻ってくればいい。」
「くひひ。そうだよね!そうだよねっ、おにいちゃんっ!」
パフィーリアは嬉しそうに見上げてくる。
「あなた様がそうおっしゃるのでしたら、わたくしはかまいません。」
クランは立ち上がって微笑んだ。
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