神力

    ♤


 聖堂内にはすでに多くの信者が集まっていた。

 俺はクラン達と聖堂の奥へと進み、ヴァリスネリアと顔を合わせる。


「やあ、君達も来たのか。ぜひ楽しんでいってくれたまえ。ちょっとした余興もあるのでな。」


 彼女は含みを持たせて言った。

 演奏の行なわれる壇の傍に席を用意され、クランとパフィーリアも両隣に座った。


「くひひ、ヴァネリスは厳しいけど楽器の演奏はすごいんだよ!」


 パフィーリアは満面の笑顔で教えてくれた。

 開始時間が近づくとヴァリスネリアは豪奢なパイプオルガンの前へと歩み寄り、観客である信者達と向き合った。

 静まり返る聖堂に彼女の凛とした声が響く。


「さて、これから私の演奏が始まるのだが、少々お待ちいただきたい――どうやら薄汚い鼠が紛れ込んでしまっているようなのでね。」


 彼女の言葉に信者達がざわめいた。

 まさか観客の中に異教徒達が紛れ込んでいて、テロを起こすつもりなのだろうか。

 脳裏に生誕祭での出来事が思い浮かび、俺は阻止しようと立ち上がりかけてクランに止められる。


「クラン……!?」


「あなた様、危険です……!わたくしの傍を離れないでください……!」


 その意味を計りかねて大人しく座り直す。


「愚かな異教徒達に私の演奏を邪魔されるわけにはいかないゆえ、早々に退場願うとしよう!」


 そして大仰に手を広げて神鎧アンヘルを顕現させる彼女。


「――いでよ!我が神鎧アンヘル『バルトアンデルス』!!」


 大きな聖堂とはいえ、この中で神鎧アンヘルを顕現させるつもりなのか。

 途端に強い耳鳴りを感じるがしかし、ヴァリスネリアの近くには何も顕れない。

 確か彼女の神鎧は十数メートルのパイプオルガンのような砲塔を背負った、腹部に人の顔を持つ大きな白い蜘蛛だったはずだ。


「あなた様、上です……!」


 クランの声で上を見ると聖堂の高い天井へ張り付くようにして巨大な白い蜘蛛の腹部の人の顔が見下ろしていた。


「さあ、地獄の幕開けだ。蜘蛛の糸に群がる亡者どもを炙り出そうではないか!」


 異様なその光景に観客達は祈りや立ち上がったりと様々な行動をとり、ざわめきが大きくなる。


「気をしっかり持ってくださいね、あなた様。」


 クランは俺の腕に抱きついた。


「静寂に戯れよ!――『血算起動』!!」


 力ある言葉の次の瞬間、神鎧アンヘルの鎧装に守られた素体部が蒼く発光して――全ての音が消失した。


 ざわめきや物音、僅かな衣擦れや自分の声まで一切感知出来なくなった。

 息が詰まって気が狂いそうなほどの無音に狼狽する観客達。

 俺自身、混乱しそうになるがクランの温もりと心音のおかげで何とか平静を保てていた。


    ♢


 ――その瞬間、私は全てを手にしていた。


 時を告げる鐘の音も、秤に乗る金の音も、信者や異教徒達の発する音や声すらも。

 強欲なまでに世界に溢れる全ての音を手にしていた。

 あらゆる音を意のままにする私の神鎧アンヘルの力だ。

 そして私は哀れな異教徒達に裁定を下す。


「――判決は有罪!即座に神罰を執行する!!」


 神に等しき私の声は彼等に届くことなどない。


『バルトアンデルス』のパイプオルガン型言語兵器の連装砲から群衆に向け不可視の弾丸が射出される。

 それは私の洗礼や免罪符など、神鎧アンヘルの力の全てを分子レベルで変異消失させる弾丸だ。


 観客に紛れ潜んでいた十数人の異教徒達は音もなく塵ひとつ残らず消え去り、ただ着ていた服のみが空しく床へと落ちていった。


    ♤


 ――音は突然、怒涛のように戻ってきた。

 聖堂内に溢れるざわめきの中、俺はクランと顔を見合わせ息をつく。


「クラン、助かったよ。ありがとう。」


 感謝を込めて彼女の二の腕を撫でた。


「わたくしは何もしていません。あなた様こそとても落ち着いていて素敵でした。」


 クランはにっこりと微笑む。

 パフィーリアはきょとんとした顔をしている。

 白い大蜘蛛のような異形の神鎧アンヘルはいつの間にか召喚回帰されていた。


 以前、ヴァリスネリアは音に関する神鎧アンヘルの力があると教えてもらったが、なるほどこれが二位巫女神官の実力なのかと思い知らされた。

 未だざわめく民衆へ向けて彼女のよく通る声が響く。


「静粛に、敬虔けいけんな信者諸君!少々お騒がせしたが、これより演奏を披露させてもらおうと思う。ゆっくりと楽しんでいってくれたまえ!」


 そして、ヴァリスネリアのパイプオルガンの演奏が始まると、まるで彼女が全ての音を掌握したかのように静まった。


 俺はクラン達と荘厳な音色を聴きながら、彼女は敵に回したくないものだと見なすのだった――

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