推考

    ♢


 夜のとばりが下りて数時間。

 私は一人、聖堂に設置されたパイプオルガンの前に腰掛けていた。


「クランフェリアの補佐官、たしかヒツギといったか。何もないところから大剣を生み出したあの力、我々の持つ神鎧アンヘルの力と何か関係があるのか……そもそも彼は一体何者なのだろうか。」


 同じ巫女神官の中でも特に謹厳きんげん実直であるクランフェリアが懇意にするほどの人物について考えを巡らせていた。


「彼のことなら……手を出さずにいるのが賢明です。」


 唐突に声のした方へ目を向けると、巫女神官のコートを着てフードを深く被った小柄な少女が聖堂の長椅子に座っていた。

 左肩には禍々しい紋様と十字が描かれている。


「六位巫女神官……エノテリアか。彼について何か知っているのかね。」


「ええ。とてもよく。」


 彼女は端的に言う。

 その声は青年と一緒にいる清楚な少女と聴き違えるほどに似ている。


「そういえば、彼らと話しをして思い出したが……君は先代の三位巫女神官――クランフェリアの母君と同じ名前なのだったな。何か関係があるのかね。」


 しかし、答えは返ってこない。

 フードに隠されて表情を窺い知ることも不可能だ。


「詮索は無用です……忠告はしました。それではまた……」


 それだけ言うと、彼女の足元の影が伸びて小柄な躰を包み、飲み込まれるようにその姿を消してしまった。


 神出鬼没とはまさにこの事だ。


 私はため息を吐いて、パイプオルガンに向き合う。

 まだまだ考える事は多い。


 調律をしながら、今度は五位巫女神官パフィーリアの事を考えた。

 今回、その身を我が街で預かるにあたって、少女の補佐官から少なくない額の対価を求められた。


 宗教国家南西部を管轄する明朗闊達かったつな少女は、自身の町では揶揄やゆされるほど崇められている。


 とはいえ、まだ十歳の学生でもある彼女には聖務や街の全てを把握する事は難しい。

 結果的にその補佐官が全面的に支えるわけだが、どうにも補佐の範疇はんちゅうを超えている節が多々あった。


 これに関してはいずれ事実を明確にして適切な対処をしなくてはならない。


 ――そしてなにより、我が街に異教徒達が潜んでいるとの情報も集まっている。

 それを選別する為の手段の一つが喜捨きしゃによる免罪符でもあった。


 神鎧アンヘルの加護を纏うそれは、手にする者の信仰を高める効果があり、またぞんざいに扱えばその反応が私の元へ届く仕組みになっている。


 私の街を汚染する鼠を駆除しなければならない。

 人も金もこの街も全て把握して、私の手の内に納めなければ気が済まない。

 内なる罪や業が私自身を駆り立てる。


 そしてそれを少しでも和らげる為に私は演奏を始める。

 その音色は音を操る私の神鎧アンヘルの力によって聖堂内にのみ響いていた――



    †


 翌朝、目覚めたのは日が昇ってからでした。


「クラン!朝だよ、起きて!」


 わたくしは身じろぎをして上体を起こします。

 パフィはベッドの脇で着替えを抱えて、わたくしを覗きこんでいました。


「――パフィ、早くに起きたのですね。んん、少し待ってください。」


 寝起きで声はかすれて、頭の中もまだぼんやりしています。


「ねぇ、クラン。いつもおにいちゃんとハダカで寝てるの?」


 パフィのその一言で一気に目が覚めました。

 わたくしは生まれたままの姿で、同様に一糸纏わぬヒツギ様の上に身体を絡ませている状態でした。


「こ、これはその!ええと……」


 掛布で体を隠しながら、そういえば昨夜はパフィが眠った後に致してしまったことを思い出しているとあの人がもぞもぞと動きます。


「――んん、クラン……?」


「あっ、あなた様!動いてはいけませんっ!」


 殿方は朝になると、とてもになってしまうことを最近知りました。

 とっさに彼の腰に跨がり、わたくしの腰を押しつけ隠します。


「どうしたの、クラン??」


「パ、パフィ。お風呂に入りましょうか。先に浴室へ行っててください。わたくしもすぐ参ります。」


 自分の今の姿に赤面しながら言葉を絞り出しました。


「はあい。はやくきてね。」


 パフィの姿が見えなくなるのを確認してから、急いで下着を探します。


「ふあぁ……クラン、おはよう。」


 そこで彼も目を覚まして身を起こしました。


「おはようございます、あなた様。わたくしは今からパフィと朝の湯浴みをします。着替えはこちらに置いておきますね。」


 早口に話しつつ彼の頬にキスをして、浴室へ向かいました――

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