儀式

    ♤


 陽が真上に登る頃、街中に鐘の音が鳴り響く。

 聖堂には多くの人々が集まってきていた。


「汝らの婚礼に主と神鎧アンヘルと聖霊の祝福があらんことを!」


 ヴァリスネリアの凛とした声が響き渡る。

 長身痩躯そうくで黒髪の彼女はいかにも豪奢な修道服に身を包んでいた。

 伝統的な貴族の婚姻が執り行われており、彼女のパトロンでもあるらしい。

 俺達は聖堂の隅で控えて様子を見ていた。

 盛大な儀式の中、花嫁は何故か神妙な面持ちで祝福を受けている。


「あの方はの花嫁だそうです。」


 事も無げに言うクラン。

 俺は少し驚いて問う。


「重婚が許されているのか。」


「この国では珍しいことではありません。それに見合う寄付や喜捨きしゃを行なって資格を得られれば、平民の方でも複数の方と結ばれます。」


喜捨きしゃ?」


 慣れない言葉に訊き返す。


「教会や貧しい方に進んで財物を施すことで功徳を得られる、というものです。ヴァリスネリアは信仰において喜捨きしゃを特に重要視していまして、この婚儀の後にも場を設けると思います。参考までに見学していきましょうか。」


 婚儀の段取りをひと通り済ませ、花嫁達が退場する。

 俺はクランと共に聖堂の外へ出ると、聖堂前広場には教壇と長机が用意されていた。

 机の上には秤が置いてあり、何人かのシスターが控えている。

 ヴァリスネリアは教壇に立つと、声も高らかに参列者へ呼び掛ける。


「これより喜捨きしゃを賜わる!秤に金を乗せよ!さすれば重りに見合う功徳と我が神鎧アンヘルの加護が受けられよう!この秤に乗せる金の音こそ楽園への扉を叩く音である!」


 彼女の声は不思議なくらい広場に響き渡った。

 喜捨きしゃの列は続々と並び集まり、秤に金の詰まった袋が乗せられていく。

 列に並ぶのは裕福そうな貴族ばかりだった。

 中には金額を競いあう者達までいるほどだ。

 喜捨きしゃをした者は代わりに札のようなものを受け取っている。


「あれはヴァリスネリアの管轄区域で有効な免罪符です。」


「免罪符?」


「本来、免罪符とは罪のあがないが免除されるという証書です。あのお札があると管轄内で所有者に課せられる税金が大幅に軽減されて、娯楽施設や取引で好待遇を受けられます。」


「ずいぶんと即物的な楽園だな。」


 正直な感想が口に出た。


「彼女の管轄区域は歴史的な建築物が多い一等地で高級な娯楽施設も多数あります。貴族達が好んで集まり住んでいますが、その分だけ格差も大きいです。国家の主導を握る教会にお金が入れば管轄区域住民に還元されるので、平民達の不満を和らげる目に見える免罪符と言えるでしょう。」


 喜捨きしゃの様子を二人で眺めているとヴァリスネリアが俺達のところへやってきた。


「やあ、クランフェリア。今日は来てくれて助かった、感謝する。」


「気になさらないでください。恩師の頼みとあれば断るわけにはいきませんから。」


「私はもう君の師でない。序列はあれど巫女神官という同じ立場の者同士だよ。」


「うふふ、そうですね。実は先ほど神学校の頃を思い出して話をしていたのです。」


「懐かしいものだ。そういえば君と出会ってから、もう十年経つのだな。」


 クランの言葉にヴァリスネリアは目を細めた――

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