追憶

    †


 一つベッドの傍に並んで座ります。


「こうして過ごしていると何だか夫婦のようですね。」


「……俺とクランは結婚出来るのか?」


 彼はわたくしを見て訊いてきます。


「シスターやわたくし達巫女神官の場合、言わば主と婚儀を交わして日々を過ごしているわけですから、基本的に一般の方との結婚は認められていません。」


 わたくしは彼を見上げて答えます。


「もしわたくしがあなた様の子を授かった時、その子は孤児として教会施設に引き取られるでしょう――このわたくしがそうであったように。」


 彼はさらに訊いてきました。


「――母親のことは覚えていないのか?」


 少し考えたあと、目を閉じて話し始めます。


「わたくしは物心ついた時、既に孤児院で暮らしていました。」


「巫女神官を継ぐために、いつも一人で勉強をして過ごしていましたが、乳母として身の回りの世話をしてくれるシスターがいたのです。」


 当時を思い出しながら続けます。


「その方は亜麻色の長い髪の紅い瞳が印象的な女性でした。とても優しく知性に溢れ何でも教えてくれました。料理や勉強、人の在り方から巫女神官の心得まで……思えばその女性こそわたくしの母だったのでしょう。」


 あの人は静かに耳を傾けています。


「わたくしはその女性と過ごすことが楽しみでした。教わり、遊び、褒められ、たまに嗜められることすら嬉しかったのです。一緒に居られる時間は少なくても、親というものをきちんと知らなくても幸せでいられたのです。」


 これから語る内容に言葉を選びます。


「ですが、その女性――母は心臓を患っていました。時折とても苦しそうにして、わたくしはいつも心配になり傍へ寄って離れませんでした。」


「傍にいることで少しでも楽になるように祈りながら、そのたびにわたくしを抱きしめて無理に笑顔を作って頭を撫でてくれました。」


 彼はそっと寄り添ってくれます。


「――幸福な時間は長くは続きません。」


 声が震えそうになるのをこらえ俯きます。


「数え年で六つの時でした。大きな戦争が始まり、戦禍はわたくしのいる孤児院にまで及びました。迫りくる戦火に怯え不安に駆られる中、その方は訪ねてきて言いました。」


 わたくしは無意識に手を握りました。


「この場はわたくしが収めます、と。そして神鎧アンヘルを呼ぶ光を発して戦場へと向かっていき――それが母を見た最後の姿でした。」


 あの人がわたくしの背に触れて撫でます。


「クラン、もういい。辛いことを聞いてすまなかった。」


 彼に身を寄せると優しく抱きしめてくれました。


「わたくしはずっと待っていたのかもしれません。こうして抱きしめてくれる、わたくしの全てを捧げられるあなた様を……」


 わたくしは心の内を明かしていきます。


「――でも同時にわたくしは気づいてしまいました。自分の心の中にある暗い感情に……」


 彼は静かに聴いていてくれます。


「神鎧お披露目で聖餐せいさんを行なっていた時を覚えていますか?あなた様がわたくし以外の女性たちと談笑をしていた時――わたくしは不安とともにとても嫉妬していたのです。思わず『バルフート』を起動してしまいそうなほどに。」


「クラン……」


 腰に回された大きな腕に力がこもります。


 神鎧アンヘルがその力の原動力とするものは宿主の負の感情や業であること。

 そして、わたくしの神鎧は特に――を強く糧としていること。


 清貧を是としておきながら、その心の内では周りの方々をねたんでいて。

 ともすれば花や自然に見惚れながらもその美しさにすらそねみを抱いていたかもしれません。


「こんなわたくしではとても母のようにはなれないでしょう……」


「そんなことはない、クラン。君は充分立派だ。」


    ♤


「あなた様、わたくしの母の話には続きがあるのです。」


 俺はクランの顔を見つめて話を聞く。


「母が戦場に赴く際、その時も烈しい痛みがあったのでしょう、辛そうに胸を押さえていました。」


「母は神鎧アンヘルを――おそらく久方ぶりに『バルフート』を呼び出した瞬間でした。」


 彼女の紅い瞳が潤んでいく。


「光の中を見つめて涙を流し呟いたのです――嗚呼、あなた様そこにいたのですね。ずっと、気づかなくて本当にごめんなさい。」


「これからはずっとあなた様のそばに。この子を置いていくことをお赦しください――と。」


 クランの頬に涙が伝っていく。


「そしてわたくしを見つめて母は言いました。いつかあなたの誕生日にある男性が現れるでしょう。その方はあなたと運命をともにします。忘れないで、どうかその人を導いてあげて――と。」


 俺は彼女の頭を抱きしめた。

 彼女は俺の胸を掴んで静かに泣いていた。

 しばらく泣いて落ち着いたのか、ぽつぽつと話を始めた。


「戦争が終わり半年ほど経った頃、戦場だった場所にわたくしは復興のために訪れました。そして最も戦闘が激しかったところであるものを見つけました。」


「そこには激しく損傷した大剣に一輪の花が、淡い色をした十字の花が寄り添うように咲いていたのです。それはまるで母と想い人のようで――わたくしはその近くに教会を建ててもらったのです。」


 クランが頭をもたれてくる。


「あなた様。あの人は、母は救われたのでしょうか?」


 俺は安易に答えることは出来なかった。


「――わからない。だが少なくともクランと一緒に過ごした時間は、きっと幸せだったはずだ。」


 今の俺のように。

 そう心で付け加えて、彼女の肩を抱く。


 見上げるクランと目が合った。

 紅玉を思わせる綺麗な瞳は潤い、目元や頬が涙に濡れた彼女の表情はあまりに扇情的だった。


 俺はゆっくりと彼女をベッドに押し倒した。

 クランと見つめ合いながら、そっと彼女の服を脱がしていく。

 そのまま二人、重なるようにして夜は更けていった――

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