思慕

    †


 わたくしは慌てて彼と躰を離すと、何かを話さないと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうでした。


「しょ、食事にしましょうか、あなた様。いま支度をするので少々お待ちを……」


 取り乱してしまい、わたわたすると彼がわたくしの身体に優しく触れます。


「落ち着けクラン。支度なら俺がするから座っていてくれ。」


 わたくしは従うほかにはありません。

 間もなく食事の準備が整いました。


「主のお恵みに感謝を。」


 わたくしは円と十字の印を切って、巫女神官略式の祈りを捧げます。


「いただきます。」


 彼は両手を合わせて祈ります。


 出来るだけしっかりと味わうように料理を口に運びました。

 すると、ついさっきまでの慌てようが嘘のように心が落ち着き始めます。


 具だくさんのスープは素材の味が口いっぱいに広がり、とても豊かな気持ちにさせてくれました。

 サラダも採れたての野菜が瑞々しくて美味しいです。


 これも普段の節制があっての贅沢な食事だと心から感謝をし、決して甘んじて慣れてはいけません。

 わたくしは三位巫女神官として、今までもこれからも清貧を貫かなければならないのです。


 改めて気を引き締め直し、ふと彼の様子を窺いました。

 あの人はいつもと変わらない様子で食事をされています。

 多めの食事をゆっくりと、でも食べ終わりをわたくしに合わせるようなペースでした。

 ヒツギ様は見られていることに気づくと穏やかに微笑みます。


「クランの料理はいつだって美味しいな。」


 その言葉に一瞬、惚けてしまいます。


「――あ。ええと、こほん……はむ……」


 いけません、食事に集中です。集中。

 いつもの自分とは思えないほどの挙動不振さでした。


「食器をお下げしますね。あなた様は居間でお寛ぎください。」


 なんとか落ち着きを取り戻して片付けを始めます。

 彼はありがとうと言って席を立ちました。

 わたくしは居間のソファーで寛ぐ彼の隣を、出来るだけ近くに座って食後のお茶を用意します。



 取り止めのない話しをしていると時間も過ぎていき、あとは就寝するだけとなりました。

 ベッドはもちろんひとつしかなく、その後の展開を考えると身体が熱くなってきます。

 彼は小さくあくびをして、ソファーに背を預けて目を瞑りました。


「あなた様?お休みになられるならベッドの方がよろしいかと思いますよ?」


 思い切って身を乗り出すように話しかけます。


「ん、それもそうだな――クラン、寝室へ行こうか。」


 そう言って、わたくしの腰に手を回してお尻を撫でられます。


「んぅ……は、はい。ではこちらへどうぞ。」


 ぎこちなくなっていないか心配になるほど、緊張していました。

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