泡沫の花

    ×


 わたしとクランは遠過ぎず近過ぎない位置に座るとパフィーがこちらへ寄ってきた。


「ラクリマ、背中洗ってあげる!」


「ええ、お願いするわ。」


 少女はスポンジを泡立てるとわたしの背中を擦り始めた。

 普段からわたしはマッサージを含めて補佐官に身体を洗わせているので遠慮なく任せる。


「後でクランも洗ってあげるからね!」


「うふふ。ありがとうございます、パフィ。」


 クランは綺麗な亜麻色の長い髪から洗っていた。

 これだけ広い空間に三人だけというのは開放感があってやはり気持ちがいい。


 けれど、それと同時に思い出すこともある。

 巫女神官は七人いるが皆それぞれワケありで、わたし自身ももちろんそうだった。


 わたしはシスターになる前は娼婦であり、神鎧アンヘルを発現して巫女神官になるまでこの躰を売って多くの男達を相手してきた。

 だからこそ、こういった広い浴場ではつい気分が高揚としてしまうし、ヒツギを入浴に誘ったのもあわよくば男女の営みに発展してもかまわなかったからだ。


「はい、終わったよ!ラクリマの背中すごく綺麗だね!」


「ええ。ありがとう、パフィーリア。」


 わかりきったことでも褒められれば当然嬉しくなる。

 わたしが自慢の銀髪を解いて洗い終えた時、隣ではクランが無邪気な少女の身体を洗ってあげていた。


 パフィーのことは清楚な彼女にまかせて良さそうね。


 プールのように広い浴槽の湯に浸かり、もう少し考えを巡らせる。


 巫女神官で第七位を冠するわたしは七人の中で最も新参だけれど、クランとパフィーはまるで実の姉妹のように慕ってくれている。

 もちろんわたしも彼女達を妹のように大事に思い、何かと気にかけていた。


 それゆえにクランが男の補佐官――ヒツギを連れてきた時はそれなりに驚いたし、今でも色々と勘ぐってしまっている。

 と、そこへ二人の少女が浴槽へ足を入れてきた。


「くひひ、ここのお風呂って広くて楽しいよね!」


 パフィーは戯れる子犬さながらに浸かり、湯を掻き分けていく。


「泳いだらだめよ。お湯が跳ねてしまうわ。」


 実際そこまで気にしないけれど声をかけておくと、クランがわたしの隣に並ぶように腰を下ろす。


「ふぅ。気持ちいいですね、ラクリマ。」


 彼女のお淑やかに入浴する様は水上に咲く花そのものだった。


「そうね。神鎧お披露目の疲れが溶け出すようで、とても気分が良いわ。」


 わたしは少し間をおいてから、軽い調子で訊ねてみることにする。


「ねぇ、クランフェリア。彼とはどこまでいっているの?」


「な、何のことでしょうか?」


 あからさまに動揺し始めるクラン。


「決まってるじゃない。ヒツギとの関係のことよ。もう男女の営みは済ませたの?」


「は、話さないといけませんか?――わたくし、あまりこういったことを口にするのは……」


 もじもじと上目使いで言い淀む彼女を横目に見る。


「話したくなければそれでもかまわないわ。わたしはいいだけだもの。」


 そう。わたしは神鎧アンヘルの力で人の思念や記憶を読むことが出来るのだ。

 この力の前では誰であろうと頭の中が丸裸のようなもので、娼婦だった頃も活用して大いに役立ったものだ。


「――ごめんなさい。赦してください……」


 躰を丸めて可愛くしょげる彼女。

 可笑しさをこらえて茶化す。


「あはは、冗談よ。さすがに頭の中までりしないわ。」


「ありがとう、ラクリマ。うふふ。」


 花のように可憐な笑顔を見せるクラン。

 そして頬を染めて俯きながら続ける。


「――キスはしました。そ、それと練習のようなものを少しだけ……」


「ふぅん、本番はまだだけど、お互いに躰を触れ合ってはいるのね。」


 彼は思っていたよりちゃんと我慢をして、彼女のことを大切にしようとしているらしい。

 安堵しつつもクランに相応しい男であるのかどうかを、これからも見極めなければいけない。


「可愛い義妹の幸せのことだから黙っておいてあげるけど、他の皆にはバレないようにしなさいね。わたしの神鎧アンヘルの出番が来ないことを祈っているわ。」


 わたしは右手の三つ指を合わせ、自分専用のシンボルである×と十字を描いて印を切った。


「ありがとうございます。心にしっかり留めておきます。」


 クランは円と十字を組み合わせた印を切る。


「二人ともお祈りしてるの?――パフも一緒にする!」


 少女は五芒星と十字を切って手のひらを組んだ。


 三人で祈りを捧げながら、わたしは思いを馳せる。

 わたしの神鎧アンヘル、白い甲冑の騎士をかたどる『ファーデルメイデン』は罪人の処刑や一対一の決闘に特化している。


 いつかヒツギと剣を交える時が来るような、そんな気がしてならない。

 それをまた、どこか楽しみにしているわたしがいるのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る