心の傷

    †


 郊外の南東部外縁では既に激しい戦闘が始まっていて、銃弾や砲弾が飛び交うとても危険な状況でした。


 話に聞くと異教徒達はいくつかの分隊で行動しているらしく、百人ほどは確認したとのことです。

 街の入り口にある宿やお店は襲撃されて、破壊や立て篭もっての銃撃戦が続いています。


 広場に立ったわたくしは胸の前で手のひらを組み、祈りを捧げるように神鎧アンヘルを発現しました。


「――主の御心のままに……!」


 背後から後光が差して、目の前に五メートルほどの鎧装に覆われた力強い姿の白い巨像が降り立ちます。

 わたくしは神鎧アンヘル『バルフート』のことを瞬時に理解しました。


 四枚の花弁のような肩部装甲には自動迎撃用の近接防御火器の機関銃が四基。

 右腕に射突式のアンカーブレード。

 左腕には大型の三連機関銃。

 背部はカチューシャ砲や戦術核兵器。


 兵器には詳しくありませんが、とても強力そうな武装を持っている神鎧アンヘルでした。


 街の警備や兵士の方々は離れて目を見張ります。

 白い巨像の神鎧アンヘルは顕現しているだけでも体力を消耗していきます。


 早く戦闘を終わらせるために。

 聖なる教の正しき信仰に仇なす者達を撃退するために。

 神鎧アンヘルの力を全解放する言葉を口にします。


「――『血算起動』……!」


 すると白い巨像は鎧装に覆われている素体部が紅く発光して、まるで変形するように全ての武装を展開しました。


 その途端、急激に体力が奪われていく感覚に襲われ、躰がふらついてしまいます。


 わたくしの神鎧アンヘルは左腕の大型三連機関銃を振りかざして、前方に見える異教徒達へ轟音とともに掃射し始めました。


 装甲車や街の建物をチーズのごとく撃ち砕き、銃撃を受けた異教徒の体は果物を潰したように吹き飛んで血の花を咲かせます。

 あらゆるものを次々と粉砕する特殊な弾丸は無限に供給されて尽きることがありません。


 背部のカチューシャ砲を連続に発射すると、後方に下がる遠く離れた敵分隊も爆撃していきます。


『バルフート』は四枚の肩部装甲から近接防御火器の自動射撃で数千発もの弾丸の雨を降らしながら前進しました。


 街の建物に隠れたり立て篭もる異教徒達には、右腕のアンカーブレードを振るって建物を破壊して下敷きにしていってしまいます。


 異教徒達からの反撃の銃弾や砲撃を受けても神鎧アンヘルは全てはじき返し、恐らく街一つを吹き飛ばす爆弾でも傷を付けられないでしょう。


 あまりにも容赦のない進撃にわたくし自身がその力に驚いてしまいました。


「ま、待って!『バルフート』、もういいの!そこまでしなくていいんです!」


 体力に限界が近づき足元もおぼつかないまま、言い聞かせるように神鎧アンヘルへ呼びかけます。

 白い巨像が動きを止めた時には周辺の建物は瓦礫の山となり、異教徒達だった肉塊と血の池があちこちにできていました。


 あまりに凄惨なその光景に街の兵士達は呆然としています。

 気がつけば、遠く離れて南東部のシスターや住民の方々もわたくしと『バルフート』を見ていました。


 何も言えないまま立ち尽くしていると皆さんは一様に膝をついて祈り始めます。


 しばらくすると曇天から冷たい雨が降りだしました。

 わたくしは神鎧アンヘルを召喚回帰させて、ゆっくりと彼らの方へ歩いていくと。


 まるで海を割ってしまったかのように道を開けられました。


 恐怖に彩られた祈りの中、わたくしと目を合わせる方は一人としていませんでした。


    ♤


「信仰の下に降りかかる火の粉を払うとはいえ、もはや戦闘と言えるものではないほどに異教徒達を蹂躙した上で、街にも大きな被害が及びました。」


 俺は保養施設の壁に掛けられた宗教画から『バルフート』と思われる白い巨像を見つける。


 逃げ惑う異教徒。

 祈り、平伏ひれふす街の人々。

 大火の中に佇む兵器のような姿で描かれた白い神鎧アンヘル


「それからというもの、わたくしは街の人達から表向きには普段と変わらずも、忌み嫌われるようになりました。聖なる教の信仰こそ深まりはしましたが、人々との親交もまた亀裂を深めたのです。」


 淡々と語るクランの横顔からは彼女の心情を窺い知ることは難しかった。


 真面目で優しい彼女のはずなのに。

 良かれと思ってしたことが裏目になって疎まれる。

 だから目に見える善行を続けていくしかなかった。


 同じ巫女神官達には心配や気を使わせないがために、相談することも出来なかったのだろう。

 ずっと身近に理解者もなく、孤独に過ごさざるを得ない状況がどれほどの精神的な苦痛になったか。


 不意にクランと初めて出会った日を思い出した。

 その夜、夕食時にどこか気を使った妙な質問をされたのは、そんな経験があったからこそだったのだ。


 ――二人の間にしばしの沈黙が流れた後。


 俺は少しでも心の傷を癒してあげたくて、細い彼女の腕を取って手を握った。


 一瞬だけ小さな手が強張るものの、そっと指が絡められる。

 肩が触れて見つめ合うと、クランはぎこちなく微笑んだ。


 そして手を繋ぎながら、また二人歩き出していった――

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