第三話 泡沫夢幻花の息吹

保養施設へ

    †


 わたくしには貫き通さなければならないものがあります。


 それは信仰でした。

 いついかなる時も主の御心を感じ敬い畏れること。

 もし踏みにじられることがあれば毅然とした態度で立ち向かい振り払わなければなりません。


 それは誇りでした。

 いついかなる時も清貧を是とし気高く生きること。

 もし踏みにじられることがあれば謙抑な心で以って自身を制し決して取り乱してはなりません。


 それは想いでした。

 いついかなる時も大切な人を愛し信じること。

 もし踏みにじられることがあれば懇切に行動をしてきちんと向き合い絆を深めなければなりません。


 それこそがわたくしの存在証明となり得るのです。


    ♤


 宗教国家都市、その中央部に位置する大聖堂。

 そこから少し離れた一等地に巫女神官の保養施設はあり、俺とクランフェリアは視察と休暇を兼ねて訪れていた。


 巫女神官とは聖なる教のシスターの中でも七人しかいない中心的な立場で、祭事を執り行なう際に特別な役目を持つ存在だ。

 さらに巫女神官にも序列があり、クランは第三位を冠している。


「思った以上に立派な施設だな。」


 大聖堂と同様に荘厳な門構えと装飾で見る者を圧倒させる。


「建築には巫女神官上位のアルスメリアやヴァリスネリアの拘りが多く採用されています。それに世俗との切り離しはシスターはもちろん巫女神官にとって大切なことなんです。」


 聖なる教に限らず、宗教というものは建築物に対する入れ込み具合が信仰に影響するほど重要らしい。


「ここにはクラン達しか入れないのか?」


 暖かい日差しの中、静まり返る広大な施設を見渡して訊いた。


「わたくし達、巫女神官と世話をする補佐官だけの施設ですから。掃除や管理も自分達で行なっているのですよ。」


 使用人らしき格好をして掃除や手入れをしている者達もおそらくシスターで、誰かの補佐官なのだろう。

 黙々と仕事をしていて、施設を見て回る俺達とすれ違うと立ち止まり一礼をする。


 クランの丁寧に礼を返す様子にならい、俺も軽く頭を下げる。

 巫女神官と補佐官のみの施設とはいえ、思ったよりシスターとすれ違っている気がする。


 施設内は大きく三つに分かれているらしい。

 各々が好きに出入りして趣味に興じる娯楽施設。


 身体の疲れを癒す入浴施設。

 本人のみがゆっくり寝食を過ごす寄宿舎。

 俺とクランは一つ一つ視察を行なった。



 まず施設内で足を運んだのは、視界を埋め尽くすほどの様々な草花や樹木が生い茂る散歩道のような空間だった。


「ここはパフィーリアの管理する植物園です。力強く育つ草花を見て楽しみ、時には考え事をしながら散歩をするのにうってつけの場所です。」


 パフィーリア、たしか巫女神官でも最年少の女の子だったか。


「壮観だな。これだけの種類が一つの空間で育つのか。」


「完全な人工物の庭園と違い、この温室ではほとんどが自然な環境による生育をしています。もちろん管理の手入れは必要ですが。」


 俺とクランは並んで散歩道を歩く。

 暖かい日差しと自然の空気感によって心が洗われるようだ。



 植物園を抜けるとテラスに硝子ガラス張りのサロンが見えた。


「ラクリマリアの管理するテラスとサロンです。ここではいつでもお茶や軽食を楽しめるようになっています。」


 見ると、サロンには複数の使用人風のシスターと二人の巫女神官の姿があった。


「あれは、ラクリマリアにパフィーリアですね。」


 彼女達へ近づくクランの後に続いて、サロンの中へと入っていく。

 お茶を飲んでいたラクリマリアが俺達に気づいた。


「あら、クランフェリアじゃない。あなたも来ていたのね。いらっしゃい。」


「あ!クランも一緒にお茶しようよ!」


 二人は声をかけてくる。

 ラクリマリアは優雅で胸元の開いたドレスのような修道服を身に纏い、パフィーリアは子供らしくも格式の高いふんわりとした修道服を着ていた。


「ラクリマ、パフィ。せっかくのお誘いですが、今は視察をしている途中なのです。」


 俺は彼女の一歩後ろで控える。


「ヒツギおにいちゃん、こんにちは!」


 ケーキを片手に手を振り、俺に声をかけてくる。

 名前を覚えてくれたらしい。


「こんにちは、パフィーリア。」


 微笑んで挨拶を返す。


「ふぅん、今日も彼氏と一緒なのね。」


「わたくしの補佐官ですから。」


 さも当然のように答えるクラン。

 ラクリマリアは俺を見定めるような仕草をする。

 俺は直立の姿勢を崩さず、クランの補佐官である意識を引き締める。


「ラクリマ、わたくし達は次へ参ります。また後ほど。」


「あら、そう。落ち着いたらお茶しましょうね。」


「クラン、またね!」


 二人の関心はお茶と菓子に戻ったようだ。

 俺は息をついて、クランと歩きだす。


「あなた様、あまり気を張らないでくださいね。」


 優しく気にかけてくれる彼女。


「これくらいはなんてことないさ。」


 そして、俺達は次の場所へと視察に向かうのだった――

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