最初の晩餐
▱
あたしが再び目を覚ましたのは夕方の陽が落ちる頃でした。
頭がぼんやりしたまま大きく伸びをすると、懐から紙のようなものが落ちます。
何かと思い、拾い上げて手紙を開くとそこには粗めでキレのある文字が綴られていました。
「えと、『今度はもっとゆっくり話をしよう。今日はありがとう。また会える時を楽しみにしている。ヒツギ。』」
読み終えてから手紙を胸に当てて思い浮かべます。
「あの人はあたしにとって特別なお方なのでしょうか。」
自然と躰が火照り、頭の中が恋しい想いで溢れました。
「この気持ち、もしかしたらあたしの未来のつがいとなってくれる御主人様だったりするんでしょうか。」
思わず呟いたところで部屋の扉が叩かれました。
「四位巫女神官様、居られますか?」
あたしの補佐官の声だ。
「はい、少し待ってください。」
言って身の回りを簡単に片付けました。
補佐官は入ってくるとうやうやしく一礼をして。
「そろそろ出発のお時間です。どうぞお支度を。」
あたしは思考する。
一日が四十八刻だとして、あたしの神殿がある北西部までは十刻以上かかってしまいます。
今から帰ると到着するのはもちろん真夜中です。
神鎧お披露目も終わったばかりで疲れてますし、ここにいればまたヒツギさんに会えるかもしれません。
いっそあたしの
それなら明日の朝にでも……。
「四位巫女神官様、
「どうしてわかったんですか……」
「お顔に書いてありました。さぁ参りましょう、新年に向けての祭事の準備などやらねばならないことは山積みです。」
「うええ、ひどいです。週末くらいは休ませてくれてもバチは当たらないですよう……」
渋々、支度を整えて部屋を出ました。
あたしは懐に手紙を忍ばせて振り返ります。
ヒツギさん――いいえ御主人様、あたしもまた会える時を楽しみにしてますからね!
×
わたしは葡萄酒を片手に、ソファーに寝そべりながら食事をしていた。
他の席にはアルスメリア、ヴァリスネリア、パフィーリアの三人がいる。
蒸し焼きにして薄く切った牛の肉を空いた手でつまんで、落とすように口の中へ。
「マナーがなっていないぞ、ラクリマリア。」
口うるさいヴァリスネリア。
「いいじゃない、巫女神官のわたし達しかいないんだし。プライベートの食事くらい好きにさせてほしいわ。」
咀嚼しながら葡萄酒のグラスを傾けた。
ふと目を向けると、アルスメリアは周りに誰もいないかのように黙々と食事を口に運んでいる。
最年少のパフィーリアはわたしとヴァリスネリアのやり取りを見ながらも、次から次へと食べ物を口へ含んで小動物のような顔になっていた。
「いいや、言わせてもらおう。そもそも君は普段の生活や聖務においても……」
「ヴァネリス、あんまり怒ってるとご飯が美味しくなくなっちゃうよぅ。」
説教を遮るようにパフィーリアが良いことを言う。
「パフィーリア、君もだ。食べる時は少しずつ、話す時はきちんと飲み込んでからだな……」
「ヴァリスネリア、そこまでにしておけ。言いたいことはわかるが、彼女らの言う通り
食器を置いたアルスメリアに嗜められて、ようやく静かになった。
彼女は続けて話す。
「まずは無事に神鎧お披露目を終えたことを祝おうか。今回は信者も多く集まり『
「その事だが、やはり先日の生誕祭での南東部礼拝襲撃に関係しているようだ。クランフェリアの『
そう言って、わたしを見るヴァリスネリア。
「わたしが
「ヒツギおにいちゃん、優しそうでカッコいいよね!」
話にのってくるパフィーリア。
「ふむ、男の補佐官か。真面目なクランフェリアがな。もちろん私は彼女を信頼しているから心配はないと思うがね。」
「特にやましいことのない真摯で爽やかな青年だったわ。過去が
素っ気なくヴァリスネリアへ伝える。
「そうか、ならこの件は保留にしよう。この場にもいないことだからな。あといないと言えば……」
「ヒルドアリアなら年末年始の聖務があるからって補佐官に捕まって帰ったわ。あの子はわたし達とは同じ教でも異質なのよね。よくわからないと言えば
「エノテリアに関しては妾が把握している。そのまま自由にしておけ。」
唐突に口を挟むアルスメリア。
「たまにはみんなでご飯食べたいなぁ。きっと楽しいよ!」
パフィーリアがわたし達を順に見やりながら笑っている。
ほどよく食欲が満たされたところで立ち上がる。
「さてもう寝るわ。明日は保養地にでも行って、のんびりエステでもしようかしら。」
「それならパフも一緒に行きたい!」
無邪気な少女に癒されつつ、いいわよと相槌を打って自室へ戻っていった。
‡
わたくしは一人、夜風に当たっていました。
空には満天の星と二つの月が淡く光を放ち、冷たくも穏やかな風に頬を撫でられて想いに馳せます。
あの人と初めて結ばれた日からずっと、わたくしの躰には彼の熱が燻り続けていました。
あの人ともう一度触れ合いたい。
時も忘れて、溶け合ってしまうくらい愛し合いたい。
昼間の大聖堂での出来事を思い出します。
何気なく彼がわたくしに触れた時、どれだけ心が躍りあの人への想いで胸がいっぱいになったことか。
周りが見えなくなるくらいにお慕いしていました。
だからこそ、あの人がわたくし以外の女性と親しげに会話をする光景はとても堪え難いものでした。
それだけで相手に対して強烈な怒りが湧き上がるのを実感するほどです。
様々な感情が心中に渦巻いているなか、わたくしには果たさなくてはならない使命がありました。
「あなた様は、わたくしが必ず導いてみせます。」
その言葉を固く心に誓って部屋へ戻ります。
そして夜はゆっくりと更けていくのでした――
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