遭遇

    ♤


 大聖堂を出て外観を観察しつつ、裏側にある管理施設のクランの控え室へ戻ろうとする。


 ふと大聖堂の高い外壁の中ほどに動く人影を見つけた。

 何かと思い目を凝らすと、ストールを羽織り独特な修道服を着た少女が両手を広げて立ちあがる。


 四位巫女神官のヒルドアリアだった。


 あんなところで何をしているのだろう。

 よく分からないが、落ちたらただでは済まないのは目に見えている。


 どうにも心配になり声をかけることにした。

 少女は俺の姿に気づいたのか大きく手を振って可愛い声で叫ぶ。


「こんにちはぁ!!」


 初めて会った時の神妙な態度とまるで違う年相応さに戸惑いを隠せない。

 ヒルドアリアの短いスカートが風にはためいて、ちらちらと眩しい太ももが見えていた。


 俺は彼女の顔がはっきりと見える位置まで歩いて近づく。

 だいぶ高い場所にいるために、当たり前だが彼女の下着も見えそうになる。


 正直なところ目のやり場に困るが、あからさまに態度に出すほど俺も子供ではない。

 肩をすくめて気にせず話をすることにした。


「そんなところでなにをしてるんだ!落ちたら危ないぞ!」


 気の利いた言葉ではないが、他に思いつかないので仕方がない。

 彼女はきょろきょろと周りを見回していたが、ふと俺に目を止めたかと思うと。


 ――飛び降りた。


 小鳥が初めて飛び立つかのような軽やかさで何の迷いもなく、ただ飛び降りた。


「おおお!?」


 俺は仰天しつつも、身体は彼女の落下位置へ動き出していた。

 眼前に迫る純白に意識を集中させて手を伸ばし、ヒルドアリアをお姫様抱っこのような形で受け止めようとして衝撃に備える。


 ――が、直前になって彼女の身体は鳥が羽ばたいたようにふわりと滞空してしまった。

 一瞬だが周囲に大きな焔の羽根が舞った気がする。


 目を疑ってその様子をみていると、そのまま俺の腕の中に収まった。

 ゆっくり彼女を下ろして足をつかせる。


 見上げる綺麗な紫色の瞳と目が合った。

 彼女は俺の顔をまじまじと見つめて一言。


「受け止めてくれて、ありがとうございます。」


 にっこりと嬉しそうに笑う。


「やっぱりあたしと似ていますね。あなたは何度目ですか?」


 不思議な物言いだった。


「どういう意味だ?初めて会った時もそんなことを言っていたな。」


 彼女は背伸びをして耳元で囁く。


「ここで話すには少しはばかれます。あたしの控え室へ行きましょう。」


 そう言って身体を離し、歩き出すヒルドアリア。

 俺は彼女についていくことにした。



 大聖堂裏に隣接された教会管理施設、巫女神官の控え室があるフロアを二人で歩く。


「どうしてあんな危ないところにいたんだ?」


「あたし、高いところが大好きなんです!」


 あまりにも簡潔で分かりやすい答えだった。


「……ヒルドアリアは他の皆と湯浴みに行かなかったのか?」


 なんとなく訊いてしまった。


「あたしは他の方々と聖なる教は同じですが、信仰の形態が少々特殊なんです。禊は神様以外に見られたらいけないことになってます。」


 たしかに修道服からして他の巫女神官と大きく異なるものだ。

 黒や濃紺を基調としたクラン達の修道服に対して、彼女は白と朱の修道服で服の素材も違うようだ。


 宗教観が違うのに異教徒とされないことには何か秘密があるのか。

 そもそも神鎧アンヘルとはなんなのか。

 まだまだ俺にはわからない事だらけのようだった。


 ヒルドアリアは自分の控え室の前に立ち止まり、扉を開けて迎え入れてくれた――

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