大聖堂にて
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俺はクランフェリアを見送り、宗教国家都市の大聖堂を見学して回ることにした。
正面扉から大聖堂内部へ入ると、ステンドグラスから陽の光が差し込む幻想的な雰囲気を目の当たりにする。
広大過ぎる空間に一人だけでいると、まるで世界から取り残されたような感覚に陥る。
改めて内部壁面に書かれた神様の名前を間近で眺める。
おそらく特殊な言語なのだろう、記号のような文字列が壁から柱、天井のアーチの細部に至るまでびっしりと刻まれている。
「よほど名前を呼ばれるのが嫌だったらしいな。」
始まりと終わりも分からず、まるで暗号のように建物内部全体に書き連なった神様の名前。
それだけで人智を超えた
そういえば、シスターや民衆もクラン達のことは名前ではなく、序列と巫女神官を合わせて呼んでいる。
そんなところにも神様の影響は受け継がれている気がする。
大聖堂内部には彫刻や絵画も数多く飾られていた。
クラン達の信仰では偶像崇拝は禁じられていて、もちろん七人の巫女神官が固有に持つシンボルも複製は赦されない。
しかし、一部の聖別された宗教的美術品は存在する。
俺の着ているクランのシンボルが施されたコートも彼女が直々に聖別したものだ。
懐に手を入れると肌身離さず持っている血に濡れたロザリオに触れた。
クランが持つロザリオを複製したかのように傷の位置まで全く同じで、俺が彼女と出会う以前から手にしていたらしい。
これも本来ならあるはずのない代物だが、同時に俺の無くした記憶の手がかりでもあった。
俺は一体何者で何故クランの聖堂で倒れていたのか。
考えたところで答えは出ない。
しかし、今はクランと一緒にいられるだけでよかった。
過去の記憶などその程度だ。無くても何も困ることはない。
このロザリオは今や俺の御守りであり、クランとの絆を示す大切なもの。
それだけで充分だった。
最近は何かと彼女のことばかりを考えてしまう。
女々しいのは自分らしくないが、それだけ煩うほど心惹かれているのも確かだった。
ゆっくり大聖堂内部に飾られた絵画を見て歩きながら思考を巡らせていると、翼廊を越えたあたりで
見覚えのある背格好の後ろ姿、フード付きのコートを羽織った亜麻色の髪の少女が絵を眺めている。
クランフェリアは思ったより早くに湯浴みを終えたらしかった。
俺は嬉しくなりつつも少し悪戯をしたくなった。
静かにクランに歩み寄って周りに誰もいないことを確認すると彼女の両肩に優しく触れて囁く。
「クランフェリア、待たせてすまない。迎えに来た。」
彼女はよほど驚いたのか、もの凄い勢いで振り向いた。
蒼い十字の瞳と目が合う。
俺の知っている彼女の瞳は紅玉のような綺麗な紅だったはずだ。
「あ……あなた様……?」
クランに良く似た少女が震える声を絞り出す。
可愛らしい高めのハスキーな声のところまでまるで同じだが、纏う雰囲気は全くの別物だった。
よく見たら彼女の着ているコートのシンボルはクランのものとは違い、禍々しい複雑な紋様だ。
「えっと……す、すまん。人違い?なのか?」
「…………」
クランに酷似した彼女はしばらく俺を警戒するように見つめると、何かを呟いた。
そして、目を伏せてフードを被り静かに去って行った。
俺は彼女が翼廊を曲がったところで追いかけるように走った。
だがその先にはもう彼女の姿はなかった。
あれは、六位巫女神官のエノテリアか?
神鎧お披露目の前に大聖堂で集合した時、彼女の着ていたコートの紋様を見た覚えがあった。
クランといる時の安心感とどこか心がざわつく感覚を覚えていた。
少しの間、茫然とするが気を取り直して歩き出していった――
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