第二話 魂に刻まれし聖痕

中央部都市へ

    ♤


 宗教国家都市、その中央部に位置する大聖堂。

 そこへ俺とクランフェリアは揃って訪れていた。


 一年十四ヶ月の、七ヶ月に一度は行なわれるという神鎧お披露目。


 生誕祭とはまた違う宗教的な祭事で、この国のシスター最上位である七人の巫女神官が一堂に会す。

 そしてそれぞれの持つ特別な力、神鎧アンヘルを顕現させて威光を示し、信仰を深めるものだという。


 神鎧アンヘルとは聖なる教の三位一体のひとつ、天使をかたどる子なる神で強大な神力を持っている。

 その神聖で荘厳な尊影は宗教とは別に、各々熱心な信者達すらいるとのことだ。



 俺達は大聖堂の広大な敷地前で出迎えを待っていた。


 普段から入場を制限されているため、人影はほとんどない。

 比べるわけではないがクランフェリアの聖堂の五倍以上はあり、一段とその広さと建物の大きさを実感する。


「凄い以外の言葉が見つからないな。クラン達の神様は、何といったか……」


 少しの沈黙のあと、クランは答えた。


「わたくしたちの主は安易に真名を呼ばれることを嫌いました。そのため、御自身の名前を自らの手で大聖堂へと記されたのです。」


「――つまり自分の目で確認しろ、ってことか。」


 俺はクランと顔を見合わせて、息を吐いた。

 話しているうちに案内役のシスターが俺達の前にやってきた。


「お待たせいたしました、三位巫女神官様――こちらの殿方は?」


「わたくしの補佐官です。」


 簡潔に答えて、俺の胸に付けたクランのシンボルである円と十字を組み合わせた十字架の胸章を示す。



 シスターの中でも特別な七人の巫女神官には序列があった。

 クランフェリアは第三位を冠しているのだが、彼女達に対しては基本的に名前ではなく、序列と巫女神官を合わせて呼ぶのが暗黙の了解となっている。


「そうでしたか、失礼しました。それではお二方こちらへ。大聖堂にご案内いたします。」


 疑うことなく歩き出すシスター。

 クランはそれについていき、俺は彼女の斜め後ろを歩く。


 大聖堂の絢爛豪華な建築は内装までも見事な彩りを見せた。

 宗教にうとい者でも何かを感じずにはいられない雰囲気がある。

 壁面にはびっしりと暗号のような模様が内部全体に施されていた。


 特にこれといった会話もなく、数十分ほど歩いてようやく大聖堂裏にある管理施設の控え室へと辿り着く。

 巫女神官であるクランフェリアのための客間だ。

 二人で部屋の中へ入るとほっと息をついた。


「お疲れ様です、あなた様。今お茶を淹れますので、どうぞお座りください。」


 簡素だが暖かみのある色調で統一された部屋は彼女らしさが感じられ安心する。


「そういえば神様の名前はどこに書いてあるんだ?」


 椅子に座りながら話のタネとして聞く。


「それでしたらもう、あなた様はご覧になられた筈です。」


 お茶を淹れながら、彼女は俺に目を向ける。


「――まさか、大聖堂の壁全体に刻まれた記号みたいなやつが神様の名前なのか?」


「そのまさかです。」


 微笑みながら頷かれてしまった。

 クランとお茶を飲みつつ、お披露目の一連の流れを教えてもらう。


「お披露目は大聖堂を背に大広場で行われます。巫女神官七人が序列に並び立って神鎧アンヘルを顕現、披露していくのです。」


 神鎧アンヘル

 目の前の少女が強力な武装を持った白い巨像を呼び出した姿を思い出す。


「その後は七人個別に信者の方々へ聖餐せいさんを執り行います。あなた様にもその時はお手伝いをお願いしますね。」


聖餐せいさん?」


「主や神鎧アンヘルの見えざる恩寵おんちょうをパンや葡萄ぶどう酒などに与えて聖別、つまり聖なるものとし拝領することで正式な信徒であることを認め、信仰を受け入れる行為です。」


 聞き慣れない言葉を丁寧に説明するクラン。


「もう少ししたら他の巫女神官の方々もお見えになられると思います。その時は改めて紹介をいたしますね。」


 彼女と同じ巫女神官か。

 立場的に俺はクランフェリアに仕える補佐官で、彼女は上位の存在だ。

 神に等しき象徴たる巫女神官七人全員が集まることの意味に、この神鎧お披露目がいかに重要な祭事であるかを考えて身が引き締まる。


 お茶を飲み終える頃に部屋の扉を叩く音が響き、声をかけられる。


「三位巫女神官様、失礼いたします。式典の準備が整いましたので一度、大聖堂までご足労をお願いします。」


「わかりました。いま支度をして向かいます。」


 クランは俺に綺麗に折りたたまれた上着を手渡してくる。


「これはヒツギ様のためにあつらえたコートで、わたくしの補佐官であることを示してくれます。」


 コートの左肩には円と十字を組み合わせた彼女のシンボルが印されていて、袖を通すと彼女は身なりの整えを手伝ってくれた。


「お披露目の間はただ、わたくしの側にいてくれるだけで構いません。気を楽にしてくださいね。」


 にっこりと微笑むクラン。

 俺は頷いて、彼女に付き従い大聖堂へと赴くのだった――

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