安穏

    ♤


 クランフェリアが茶と食事を手に戻ってきた。


「これくらいの食事しか用意できなくてすみません。」


 申し訳なさそうに話す彼女に、俺はただ感謝の念を表さずにはいられなかった。


「助かるよ、ありがとう。ここまでしてくれるとは……なんとお礼をしたらいいものか。」


 頭を下げると彼女は微笑みながら、向かいの席に座る。


「冷めないうちにどうぞ。お口に合うと良いのですが。」


 温かそうな豆のスープの香りに食欲が刺激され、急激に腹が減っていることを自覚した。

 まずはスープをひと口入れることにする。


 口当たりの良い薄めの味付けで飲みやすく、胃を温め全身に広がる。

 やわらかい豆の味がはっきりとわかり、いくらでも食べられそうだった。


「うまい……すごく美味しい。」


 思わず言葉が出ていた。

 彼女は笑顔で俺の食事を見守っている。

 固めのパンをちぎり噛み締める。

 スープと合わせると丁度良くほぐれることだろう。


 夢中になるあまり、あっという間に食べ終えてしまっていた。

 満腹とはとても言えないが、満ち足りた気分だった。


「ご馳走様、こんなに美味い料理は食べたことがなかった。」


 記憶がないから当たり前なのだが、もう少し味わって食べた方がよかったかも知れない。

 彼女はお茶を淹れて俺に差し出す。


「はい、香草のお茶です。とても落ち着きますよ。」


 致せり尽せりな状態に、もう一度感謝を伝える。


「クランフェリア、君には何度感謝しても足りない。俺に何か出来ることはないか?何でもかまわない、君の手伝いをさせてほしい。」


 優しい彼女は申し出を断るかもしれない。

 だが何もしないでいるわけにもいかなかった。


「わたくしは当然のことをしたまでで、そんなに気になさらなくても良いのですよ。でも、そうですね……」


 彼女は小首を傾げて何やら考えている。


「――それではしばらくの間、わたくしの補佐役を務めていただけますか?」


 手のひらを軽く合わせる可愛らしい仕草で言われた。


「わかった、俺に出来ることなら何でも言ってほしい!」


 ――正直なところ俺は安心していた。

 記憶がないまま世界に一人放り出されるよりは、行動の指針がある方が良い。

 命の恩人である彼女と一緒にいられるなら尚更だ。


「空き部屋がありますのでご案内しますね。」


 俺は少し驚いた。


「ここに住まわせてもらえるのか?」


 自分で言うのもなんだが、これだけ可愛い女の子と一つ屋根の下とは色々と心配になってくる。


「あなた様は信じられる方だと思いますから。」


 クランフェリアは微笑みながら答えた。


 空き部屋は彼女の部屋の隣だった。

 中は綺麗に掃除してあり、もともと客室として使われていたのかベッドや机などの家具もあった。


「この部屋は自由に使っていただいてかまいません。何か必要なものがあれば、いつでも言ってくださいね。できる限りで用意いたしますので。」


 彼女の信頼に応えるために努力をしよう。

 神というものはよくわからないが誓うことにした。


「そうだ、礼拝というものは俺も参加してもいいのか?」


 俺の問いに振り向きながら彼女は答えてくれる。


「そうですね。わたくしの補佐をお願いするのですから、知っておくことは大事だと思います。」


 そして、俺の服装を見て言った。


「聖堂に男性用のコートがあります。そこで礼拝についてもお話ししましょうか。」


 俺は頷き、彼女とともに聖堂へ向かうために立ち上がるのだった。

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